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2011-03-01から1ヶ月間の記事一覧

2011-03-31

■ 松尾捨治郎校註『あゆひ抄』おほむね下(5) 又曰、てへ・めれ・ね・などふし(註一)たるあゆひは、みな[めのまへ](二)也、・[しか]なども[めのまへ]にかよへり。 又曰、末をも引・靡・をも(三)うくる脚は、末をうくるが常にて引・靡・をうくる時は、靡に…

2011-03-30

■ 松尾捨治郎校註『あゆひ抄』おほむね下(4) 師曰、状は四むねあること、前にいふがごとし。たゞし芝状・鋪状・は、おなじやうにて、在状・返状・は、たとしへなく、かはれることおほきゆゑに、歌とのみいふときはおほくは芝・鋪・状・のふたつをさせり。…

2011-03-29

■ 松尾捨治郎校註『あゆひ抄』おほむね下(3) 裝圖 準備中 私云、事・鋪・(註一)には、靡といひ、孔・在・芝・(二)には引といふ。又云、引・靡・なき裝の末を[わたり]ともいふ。 (一) 動詞と志久活形容詞。 (二) 良變・なり活・久活。 (三) 立はあ列に變化…

2011-03-28

■ 松尾捨治郎校註『あゆひ抄』おほむね下(2) 又曰、事はみな[う]ぬき(緯)を[すゑ]とす(註一)。これを[うすゑ]・[くすゑ]・などいひつけたり。[有名](二)[ありさま]は、[り]もじを末とす。たゞし[ありさま]はにもじを末とするやうもあり(三)。[しざま](四)…

2011-03-27

■ 松尾捨治郎校註『あゆひ抄』おほむね下(1) 師曰、裝の事は其抄(註一)あれども、あゆひの例は、よそひによりて(二)さだむべきを、此抄をよまむ人、裝にくらくしては、心えがたかるべければ、いささかそのおもぶきばかりをここにはいふなり。凡、裝には二…

2011-03-26

■ 松尾捨治郎校註『あゆひ抄』おほむね上(10) 師曰、疑のかざしとは、いかに・いかで。いかなる・いかばかり・いかゞ・何・誰・いく・いつ・いづれ・などの類をいふ。これをよむときは、下にうち合べきやう(註一)さだまれるのりあり。但、たれも・いくか…

2011-03-25

■ 松尾捨治郎校註『あゆひ抄』おほむね上(9) 又曰、うちあひ(註一)は、此抄の條ごとにいふがごとく、そのあゆひごとにさだまれるのり(法)あるうちに、なびきづめ(二)・かくす打あひ(三)・のふたつありて、べち(別)によむべきやうあり。なびきづめとは、凡…

2011-03-24

■ 松尾捨治郎校註『あゆひ抄』おほむね上(8) 又曰、挿頭・脚結・みなそのすぢありて、名にもかよひ(註一)、末・靡・にもかよふ(二)ことあり。しらずはあるべからず。この故に、裝の引・靡・をうくべきあゆひは、繼あゆひにても、末を承べからず。裝の末を…

2011-03-23

■ 松尾捨治郎校註『あゆひ抄』おほむね上(7) 師曰、凡歌の詞、中むかしは上つよをうしなひ、中ごろは、中むかしにたがひゆき、近むかしよりはことに心得たがへることのみぞおほき(註一)。かく時にしたがひて、やう/\よみなり(化)たるけぢめをも、其條々…

2011-03-22

■ 松尾捨治郎校註『あゆひ抄』おほむね上(6) 私云、引歌のかみに、集の名をしるさゞるは、古今集也。(註一)又云、此抄もと歌をひろくひきて、あまねくみあはせむたよりとせるを、こたみ(此度)はみなはぶきすてゝ(二)、あとをしるす(三)べき歌は、ひとつふ…

2011-03-21

■ 松尾捨治郎校註『あゆひ抄』おほむね上(5) 又曰、五屬はもとより心えむたよりばかりに、かりにたてたり。かならすしもこと(異)あゆひにかはれるゆゑあるにあらず(註一)。さるゆゑに、[や]・[かな]・のたぐひ疑・咏(二)・願・にわかちていだせれども、も…

2011-03-20

■ 松尾捨治郎校註『あゆひ抄』おほむね上(4) 師曰、名・裝・かざし・はそのふみ/\(一)あり。今あゆひの心をとかむとするに、まづいつゝのまき(五卷)をわかちしるべし。[たぐひ](屬)にすぶべきいつゝ(二)家にあつむべき十あまりこゝのつ(三)、[とも](倫)…

2011-03-19

■ 松尾捨治郎校註『あゆひ抄』おほむね上(3) 私云、(註一)里言(二)にも、もとより四のくらゐ(三)はあれど、古のごとくにそなはらす、かけ(缺)たること多ければ、古のあゆひをとかんとて、里言のかざし・装・をもあまねくとりてあてたり。これをふたたび歌…

2011-03-18

■ 松尾捨治郎校註『あゆひ抄』おほむね上(2) 又曰、あめつちのことだまは、ことわりをもちてしづかにたてり。そのはじめ(註一)は名にもあらず、かざし・よそひ・あゆひ・にもあらず。たとへば、水といふ神のいまそかる(坐)は、雨・雪・などいふべくもあら…

2011-03-17

■ 松尾捨治郎校註『あゆひ抄』おほむね上(1) 師(註一)曰、名(二)をもて物をことわり、裝(三)をもて、事をさだめ、挿頭・(四)脚結・(五)をもて、ことばをたすく。この四のくらゐは、はじめひとつのことだま(言靈)なり。あふよりて(六)さだまれるもあり。と…

2011-03-16

■ 橋本進吉「国語学研究法」第二篇 過去の国語の研究 第二章 国語資料とその取扱法 現代の国語は之を用ゐる人々が我々と同じ世に生きてゐる。その言語表象は、それらの人々の心の中に存し、それに基づく言語活動はそれらの人々によって現に行はれてゐる。我…

2011-03-15

■ 乾本に属する諸本の関係(上田万年・橋本進吉『古本節用集の研究』第三章 第四節) 第四節、「乾」本に属する諸本の関係 乾本、即、易林本類に慶する諸本中、平井版易林本と別版易林本とは、復刻の際、不用意に生じた差異を除けば、全然同一である。草書本…

2011-03-14

■ 塵芥(上田万年・橋本進吉『古本節用集の研究』第二章 付載二) 附載二 「塵芥」解題 塵芥は、内容體裁とも節用集に類似した辭書であつて、現に存するものは零卷二册(寫本)、鈴鹿義鯨氏の所藏である。此の書は、丈八寸九分幅七寸の袋綴の册子であつて、白…

2011-03-13

■ 未見の節用集(上田万年・橋本進吉『古本節用集の研究』第二章 付載一) 附載一 未見の諸本 以上舉げた所の古本節用集の諸本は、其の數、總て廿七であつて、中、九種は、既に、群書一覽、節用集考及び國語學書目解題に收録せられ、二種(即、天正十八年本及…

2011-03-12

■ 乾本節用集(上田万年・橋本進吉『古本節用集の研究』第二章第三) 第三 「乾」本これに屬する諸本は、イ部乾坤門が「乾」で始まる。 第十類 易林本類此の類の諸本は、何れも卷數二卷であつて、「や」部以下を下卷とし、部數は四十七であつて、「ゐ」「お…

2011-03-11

■ [方言意識史]関西弁でやったところ、無事に盛り上がった。 北山修は久しぶりにフォークコンサートの司会をやったが、フォークルの時と同じように関東弁でやったので、会場はしらけるし、登場するシンガーももうひとつのらない。そこは賢い北山修のこと、次…

2011-03-10

■ [表記意識]「和名は平仮名」 和名はすべて。ひら仮名を用て書す。見わけ易からんため也(中略)漢字の讀法漢呉の二音あり。本邦藥名の稱呼も二音混同す。此類枚挙すべからず。是を以て白は波の部に入。人は仁の部に入。其餘も准知すべし。尚見分やすからん…

2011-03-09

■ [この人が作った]歌謡曲・軽音楽 「歌謡曲」という呼び名は、放送局が付けた流行歌の別名で、町田佳声の発案と言われる。また「軽音楽」も、純音楽に対する放送用語で、青木正の発案と言われる。両氏はいずれも元NHKプロデューサー。足立里見編『ポスト歌…

2011-03-08

■ [日本語特殊論]日本語ほど、この点で特殊であり、非叙事詩的な国語は世界に無かろう。(萩原朔太郎) かく日本の詩は、内容上にも形式上にも、西洋と全く反対なる、背中合せの特色によって発展して来た。そしてこの事情は、全く我々の国語に於ける、特殊な…

2011-03-07

■ 幸田露伴「なければならない」について和辻哲郎に そういう類のことは日本語についてもいくつか聞いたと思うが、それらは大抵『音幻論』のなかに出ているらしい。そこに出ていないと思われることでさしずめ思い出すのは、「なければならない」という言い回…

2011-03-06

■ [語源説]山の神 邦俗、細君を呼んで山の神と云ふ、一説にこれ「ヤマの上はオク」と云ふことの謎語なり 其義は いろは四十八文字の中に「おくやま」と続けたり 乃ち「やま」の上は「おく」にて細君のことを奥と呼ぶに由りて然隠語を作りし者なりと果して然…

2011-03-05

■ [語源説]母をカカサマ 今の小児、母をカヽサマと云ふは家々の字なり 『今古雅譚』 p.280 ツイートする

2011-03-04

■ 吃音と浪花節の田中角栄 少年のころから、ドモリ癖に悩み、浪曲風にやればなめらかに話せることに気づいたともいう。 佐木隆三『越山 田中角栄』徳間文庫1981.2.15(親本は1977.4朝日新聞社)p.27 ドモ角と渾名をつけられた少年時代、ドモリを克服するために…

2011-03-03

■ 吃音と浪花節の田中角栄 吃は古い昔から存在したものらしく、旧約聖書のダビデ、日本の源頼朝、ギリシアの雄弁家デモステネスが吃であったのは有名である。明治以後では大町桂月、石渡荘太郎?、現在では田中角栄氏がいる。田中氏は、吃を克服するため、浪…

2011-03-02

■ [言葉とがめ]1926年のパパママ問題(佐藤春夫) 台湾では台湾籍民の子供たちに小学校内で土語を使うことを厳禁し、時にはこれを犯したものに鞭を与えた事実さえあったというのに、それほど国民と国語との権威を知っている為政者なら、何故、今日中流以上の日…