国語史資料の連関

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2017-01-01から1年間の記事一覧

2017-09-30

■ 長谷川伸「身辺語録」(『石瓦混淆』) 小説もだが、小説よりもテがコンでいる戯曲の作法を、私はだれからも教わらなかった。教えてくれるような人が近いところに見当らなかったからでもあるが、その日その日の食いかせぎにいそがしくて、先生という人の門…

2017-09-29

■ 永井荷風「濹東綺譚」 わたくしは女の言葉遣いがぞんざいになるに従って、それに適応した調子を取るようにしている。これは身分を隠そうが為の手段ではない。処と人とを問わず、わたくしは現代の人と応接する時には、あたかも外国に行って外国語を操るよう…

2017-09-28

■ 和語の語頭の濁音 和語發端ニ濁音無シ。況ヤ歌ヲヤ。(仙台間語「朝板」)「ことならば」に関連して。ツイートする

2017-05-10

■ [言語意識史]「大工や仕事師の江戸言葉は、よくタンカが切れて」(矢田插雲) 大工や仕事師の江戸言葉は、よくタンカが切れて、歯ぎれのいいかわりに──むしろその必要からであろうが──荒っぽいごとも、気早なこともまた、この上なしである。昨今の東京弁は…

2017-01-01

■ [言語意識史]「言葉が汚くなりました」(田辺茂一) 町立の学校には、一年しか在籍しなかった。二年からは、大久保にあった私立高千穂小学校に転入した。「茂《しげ》は、この頃、言葉が汚くなりましたからネ……」と母親が父に相談したのである。街の子供た…