国語史資料の連関

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2012-01-01から1年間の記事一覧

2012-11-26

■ [謡曲共通語]大沼晴暉 昔津軽の士と薩摩の士とが出会い、お互の話す言葉が分らないので、武士の嗜みとしていた謡のことばで話をしたという笑話がある。大沼晴暉『図書大概』「四、図書の表記」p.73 ツイートする

2012-09-05

■ 雑炊(守貞漫稿) 雑炊 古より有v之 足利家は七種の粥を用ひず 七種雑炊を用ひ「御みそうづ」と云 「御みそうづ」は女詞也 今世京坂にては男女ともに「ぞうすい」と云者專ら江戸にては男女專ら「おじや」と云「於慈也」字未詳 是も實は女詞なるべし 今製雑…

2012-09-04

■ [方言]雑炊(物類称呼 巻4) 雑炊 ざふすい○河内及播州辺にて「○びゃうたれ」と云 加賀越中或は但馬にて「○みそづ」といふ 越前にて「○にまぜ」と云 伊勢にて「○いれめし」と云 東国にて「○ざふすい」又「○いれめし」といふ 婦人の詞に「○おぢや」といふ …

2012-09-03

■ 雑炊(玉塵) 夏至の日、天子から、百官の、あまたの臣下に、ふくろを以て、羮《あつもの》にして、たまわるぞ、此はいわいことぞ、梟は、不孝な、悪鳥ぢゃほどに、ころいてくうぞ、此の如に、わるい者のるいをば、ころいて、すてうずと云ことを、天子から…

2012-09-02

■ 雑炊(浮世物語4-9 七草をたゝく狂歌の事) 今はむかし、正月七日のあした七草をたゝく。寅の一點より拍子をとりて、かしましくうちたゝく。そののちは増水にして喰ほどに、あまりすいた物ではないとおもひつゝ、うき世房かくよみて、小性衆にかたりけり。…

2012-09-01

■ 雑炊(日本永代蔵2-1) 藤市《ふぢいち》出《いで》て三人に世渡《よ 》りの大事《だい 》を物がたりして聞《きか》せける。一人申せしは、「今日《こんにち》の七草《なゝくさ》といふ謂《いはれ》はいかなる事ぞ」と尋《たづ》ねける。「あれは、神代《…

2012-08-01

■ ジャパン(チェンバレン) Japan. Our word "Japan," and the Japanese Nihon orNippon, are alike corruptions of Jih-pen, the Chinese pronunciation of the characters 日本, literally " sun-origin," that is, " theplace the sun comes from,"---a na…

2012-07-14

■ [語源説]「蜂起」(梅村載筆・人巻) ○惺斎云、日本俗間に、伍子宵が死して、眼の中より蜂出て、呉人をさしたるに仍て蜂起と云ことは、何の伝にも見へず。又唐国は星を主る国なれば、震旦国と名づくと云、是もおぼつかなし。紫辰北辰なんど云は星なれども…

2012-07-13

■ [文章作法](梅村載筆・天巻) ○書状の取かはしに、摂家大臣は判ばかりにて、名をば不v書、我より下の者へ遣はすには、名乗ばかり書て判をせず、名乗に判を加る事は、官符などの外にはまれなり。又傍輩への状にも、日の下には判《はん》計《ばかり》出して…

2012-07-12

■ [語源説]「さるがく(申楽)」(梅村載筆・天巻) ○神楽の神の字の篇を除て申楽と云と、日吉の社家に云習はせども、南都春日の社家に秦川勝が後裔女子を生て男子なし。其女子猿に嫁して男子をうむ。其男子能物まねをするによりて猿楽と云り。 ツイートする

2012-07-11

■ 年齡の数え方(梅村載筆・人巻) ○人の年数をかぞふるに、四の指にて甲子をあてゝくりあつること世人のならひなり、かりそめのことながら軽き重宝なり。 ツイートする

2012-07-10

■ 「凡《おほし》」(梅村載筆・人巻) ○昔は凡《おほし》と云姓を押と書り。光仁、桓武の時より、凡の字に改む、続日本紀に見へたり。凡河内躬恒も此字なり。 ツイートする

2012-07-09

■ 「そらに云ふ」(梅村載筆・人巻) ○周易をもそらに云時は、「しゆやく」と読なり。改元の時、書伝の語どもを引に、易の語をひく時は、周易とは不v云して、或文に云くと呼が古実なりとぞ、其余の書をばありのまゝに書名を云ふなり。 ツイートする

2012-07-08

■ 「ばはん」(梅村載筆・人巻) ○日本より異国へ行賊船を、「ばはん」と云事は、船の旗の上に八幡大菩薩と云文字をかきて建ること也、是を異国人見て「ばはん」とよめり。 ツイートする

2012-07-07

■ 「音によめば助字まで覚へてよけれども、仏経のやうにて野に聞ゆるなり。」(梅村載筆・人巻) ○前漢後漢ともに、昔より儒家の点あり。ふるき和訓もあり、てにはもよし。天竜寺の連竺雲よむ時に、高祖紀にて意谿如也とよめり。此例にて送2孟東野1序にて楽…

2012-07-06

■ 宇合・馬養(梅村載筆・人巻) ○藤原宇合はウガフとよむなり、馬養ともかけり、ウマカウとよむべきを略してウカフと云なり、是よみくせなり、是故に続日本紀に、宇合とも、馬養ともかけり、又大和国を、昔は大養徳国とかけり、近江国をば淡海国とかけり、…

2012-07-05

■ [語源説]鰯の「むらさき」(梅村載筆・人巻) ○鰯を女房の詞に「むらさき」と云ことは、「あいにまさる」と云義なり、鮎と藍と和訓同じ。 天巻にもほぼ同じ文あり。ツイートする

2012-07-04

■ [語源説]「かちん」(梅村載筆・人巻) ○内裏女房の詞に餅を「かちん」と云ことは、かちんの帽子をかぶりたる女房の、餅を持来れるゆへなり。 天巻にもほぼ同じ文あり。ツイートする

2012-07-03

■ イ点ケ点(梅村載筆・人巻) 毛詩の訓は、イ点ケ点あり。毛伝の伝の字の偏を取てイ点と云、鄭箋の箋の字の頭を取りてケ点と云なり。 ツイートする

2012-07-02

■ イ点ケ点(梅村載筆・人巻) 毛詩の訓は、イ点ケ点あり。毛伝の伝の字の偏を取てイ点と云、鄭箋の箋の字の頭を取りてケ点と云なり。 ツイートする

2012-07-01

■ 「昔より仮名づかひと云ふことはありけるにや」(梅村載筆・人巻) ○古今同文字なき歌、 世のうきめみえぬ山路へいらんには思ふ人こそほだしなりけれ 此「みえぬ」の「え」と「やまぢへ」の「へ」と同音にとなふる時は、昔より仮名づかひと云ふことはあり…

2012-06-02

■ 芦田恵之助と和辻哲郎 芦田先生の思ひ出和辻哲郎 芦田先生の「恵雨自伝」を読んでつくづくと感じたことは、三年の間教を受けたわたくしどもの眼に、先生の真の姿が一向映っていなかったといふことである。 その三年の間といふのは、わたくしが姫路中学へ入…

2012-06-01

■ 芦田惠之助と姫路中学 私が姫路中学勤務の三年間に関係したのは、一年生の二学期から三年の終りまで続いて担任した三組の国語と漢文でした。その三組の中に、すべての学科に優秀な成績を示していた三人の少年を発見しました。それは黒坂達三君、和辻哲郎君…

2012-05-05

■ [国語問題]「日本人が昔から漢字や漢文を學ぶに力を費したことが、學問的能力の發逹を妨げた、と考へるやうになつた」(津田左右吉「自叙伝」) かういふ學校で學んだのであるから、讀書力は養はれた。そのころの教科書は、いはゆる漢文書きくだし風のかた…

2012-05-04

■ 金井保三『日本俗語文典』(津田左右吉「自叙伝」) 筆を他の方面に移すと、そのころの獨協の教師には風がはりの人がゐたことを思ひ出す。その一人は、國語をうけもつてゐたカナヰ・ヤスザウ(金井保三)君であるが、そのころ『日本俗語文典』を書いて口語法…

2012-05-03

■ [方言意識史]ナゴヤことばを使ふのはあたりまへのことだと思つてゐた(津田左右吉「自叙伝」) この家の生活のしぶりにはナゴヤふうのところがあつたらしい。 ナゴヤふうといつても、具體的にどこがどんなふうであつたといふことを、たしかにおぼえてはゐ…

2012-05-02

■ [言語教育]明治10年代の家庭教育(津田左右吉「自叙伝」) 小學校へあがつたのは明治十二年であつたから、七つの歳であつた。その前に家で父から四書の素讀を教へられたはずであるが、その時のことも明かにはおぼえてゐない。たゞ讀んだ本がミノ紙判の大き…

2012-05-01

■ [言語教育]明治10年代の小学校教育(津田左右吉「自叙伝」) 學校の初年級で何を教へられたかは、ほとんどおぼえてゐないが、たいていは本を讀むことであつたらしい。その本には「小學讀本」といふのがあつたに違ひないが、一般に知られてゐる如く、それは…

2012-04-08

■ [方言意識史]同郷人に対しては忽然として鹿児島弁を用い始める(和辻哲郎「自叙伝の試み」) 地方から来た人で珍らしい印象を与えた点で記憶に残っているのは、まず第一に岩切重雄であった。後に弁論部の委員になって雄弁をふるった程であるから、弁舌はま…

2012-04-07

■ [方言意識史]その東京弁はわたくしの耳に快適に響いた(和辻哲郎「自叙伝の試み」) 原忠義は一高在学中にチブスか何かで亡くなったと記憶しているが、非常に感じのいい男で、特にその東京弁はわたくしの耳に快適に響いた。しかしそれを聞いている間に、ヒ…