2011-03-16
■ 橋本進吉「国語学研究法」第二篇 過去の国語の研究 第二章 国語資料とその取扱法
現代の国語は之を用ゐる人々が我々と同じ世に生きてゐる。その言語表象は、それらの人々の心の中に存し、それに基づく言語活動はそれらの人々によって現に行はれてゐる。我々は耳にその音声を聞き目にその文字を見る事が出来るばかりでなく、音を発する発音器官の動きを見、字を書く手の働きを見る事も出来る。又自らその音を試みて当否をこれらの人々に判断せしめる事も出来れば、意味の不審を質すことも出来る。然るに過去の言語は、それを用ゐた人々は既に世を去って、親しくその音を聞く事も出来ず、その意味を質す由もない。我々は、過去の言語の面影を残してゐるものを探し求めて、これを基礎として過去の言語を再生せしめなければならない。かやうな過去の言語を知るべき拠所となるものを言語資料といふ。
言語資料には種々のものがあるが、之を類別すれば大体次の如くなるであらう。
(一) 現代の各種の日本語。
(二) 日本語で書いた、又は日本語を写した内外の過去の文献。
(四) 外国語を日本の文字で写した過去の文献及び外国語学書。
順次に説明を加へよう。
(一) 現代の各種の日本語。
各地の方言、標準語、其他各種の文語及び各種の文語等一切の現代語が過去の言語を知るべき資料となる。これ等の言語は、現代にいたって俄に出来たものではなく、過去から伝はって現在にいたったものである。それは、あらゆる点に於て、過去の言語と同一ではないけれども、また過去の言語をそのまゝに伝へてゐる部分がある筈である。又、これ等の言語は、遠い昔から別々のものでなく、根源に於ては同一のものであったのが、各違った方向に変化して種々の言語に分岐したものと思はれるから、之を互に比較して、その根源の状態と、それから分岐した径路とを推定し、過去の言語の状態を知る事が出来るであらう。諸種の言語の中で、仏教の声明、平曲、浄瑠璃、謡曲のやうな語り物、謡ひものの類、狂言の詞、歌舞伎の白のやうなものは、間々普通の現代語にない珍しい発音があって、その中に古代の音を残してゐると考へられるものもある。
(二) 日本語で書いた、又は日本語を写した内外の過去の文献。
これ等は、すべて日本語を文字の形で記したもので、過去の国語を研究する際の根本資料となるものである。日本人が書いたものは、漢字や仮名で書いたのが普通であって、分量が最多い。漢文に訓(日本語)をつけたものには、日本語を文字でなく乎古止点のやうな符号によって示したものもある。又日本語をローマ字や梵字で書いたものも少しはある。支那人が漢字で日本語を写したものは甚古い時代からである(「魏志」「後漢書」以後の支那の史書や、随筆、地誌其他にある)。又朝鮮人も、古くは漢字で、後には諺文で日本語を書いたものがある。西洋人がローマ字で日本語を写したものもある。
日本語の発音や、意味や、文法や、文字や、各種の言語の特徴や、用ゐ場所などに関して観察した所を記したもので、内外人共にある。日本人のものとしては、註釈書や辞書が古くからあり、後には語学書の類が出来た。歌や俳諧の書や、随筆紀行雑録等にも、かやうな記事のあるものがある。支那人の作った雑書や地理書などにもあり、又支那人や朝鮮人の作った日本語学書もある。西洋人の作った日本語の文典や辞書などの語学書もあり、又紀行文などにもいくらか見えてゐる。又、日本で出来た、平曲、謡曲、浄瑠璃などの発音を書いたものに当時の日本話の発音の知られるものもある。
日本人が外国語の発音を漢字又は仮名で書いたものとしては、古くから漢字音や梵語を書いたものがあり、後には朝鮮語西洋語などを書いたものがある。又、外国語学書としては、和蘭語や唐語(後世の支那語)朝鮮語などに関するものがある。これらは日本語と外国語とを比較したものであるから、当時の外国語の音を明かにする事が出来れば、之を写した日本の文字の発音を知り、それから当時の日本語の音声を推知する事が出来るものもあり、又日本語の意味を知る事が出来るものもある。
古く日本人と接触した外国人又は他民族の言語の中に日本語が入って、用ゐられたものがある。アイヌ語の中に日本の古語の入ってゐるものなど著しい例である。西洋語に入ったものも少数はある。これも過去の日本語を知る資料とする事が出来る。
同系の言語といふのは、同一の言語から分岐したいくつかの言語をいふ。即ち、同一の祖語を有する諸言語である。日本語と同系の言語はまだ見出されない。朝鮮語が同系であるとの説もあるが、まだ確かでない。琉球語は、たしかに日本語と同系と思はれるが、これは日本語以外の言語でなく、日本語中の方言であるとして取扱ふものが多い。かやうな同系の言語が他に見出されたならば、これと日本語とを比較して、もと同一の根源から出たものとして考へれば、有史以前の日本語の状態が知られる筈である。
以上の各種の資料の中、(二)及び(三)の二種は比較的直接に過去の国語の事実を伝へてゐるもので、中心たるべき大切な資料であるが、これ等は何れも文字に書いたものであり(四)も亦之と同性質のものである。これ等を文献と総称してよからうとおもふ。
文字に書いたものといへば書籍が大部分を占める事は勿論である。しかし、その外に、公私の書状、帳簿、書附其他の所謂文書の類があり、碑や像や版や札や旗や、其他の器物などに刻したり書いたり繍ったりした銘文もあって、何れも国語資料とする事が出来る。
これらの中で、書籍類には書誌学があり、文書類には古文書学があり、碑像其他の古器物類には、考古学があって、それ%\これ等の資料を専門的に取扱ってゐるが、国語資料としての立場から見れば、碑像其他の銘文は、古代の実物がそのまゝ今に存してゐるものがあって、それらは後世の改変を経ない確実な資料として信憑すべく、且つ、資料の乏しい非常に古い時代のものの如きは、他に代へる事の出来ない貴いものであるが、全体から見れば、分量が少く、且つ用語の範囲も狭い。文書の類は、古代の実物あるものが多く、確実といふ点に於て貴ぶべきであるが、また後世の書写も少くない。銘文に比して分量が多く、之を書いたものも種々の階級の人々を含んでゐる。
しかし、用語は形式的のものが多いのであって、言語の範囲はあまり広くない。書籍は、銘文や文書に比して遥かに分量が多く、その内容も多種多様であって、各種の言語を含み、過去の言語資料としては、中心をなすものである。但し、古代のものに於ては、著作当時の実物の存するもの少く、多くは後の転写を経たもので、言語資料として多少確実性に欠けた所があるを免れず、又、大概文筆に熟した人によって作られたもので、階級的には幾分狭いものと見るべきであらう。但し、時代の下ったものに於ては、著者の自筆本又は親しく校訂したものと見るべきものが多く、又著者の範囲もよほど広くなってゐる。
さて、以上のやうな文献は、国語の研究のみならず、各種の史学の資料となるものであるが、之を資料として各種の研究に用ゐる為に、まづ第一に文献自身の性質を明かにして、之を如何に取扱ふべきかを考へなければならない。もしさうでないと、思はぬ謬に陥って、之を基礎とした研究が根抵から覆る事が無いともいへない。
かやうな、文献自身の性質を明かにし、その取扱法を考へる学問を文献学と名づけるがよいと思ふ(西洋のフィロロジーPhilologyを文献学と訳す事が多く、その内容は、右に述べたものよりはもっと範囲が広いのが常であるが、しかし、昔からフィロロジーの中心となってゐたのは右のやうな問題であり、今でも、それがフィロロジーの基礎的研究となってゐる、即ち、文献学的研究は、文献を資料とするあらゆる学問の基礎である。
文献学的研究に於て、まづ第一になすべき事は、資料を集める事である。書籍については、書誌学の中に書目に関するものがあって、各種の目録が出来てゐる。それには、あらゆる部門にわたった一般目録と、或特別な部門だけの特殊目録といふべきものとある。図書館や文庫や私人などの現に所蔵せる書の目録もあれば、現存すると否とにかゝはらず知られた限りの書名を集めたものもある。その組織も書名分け、内容分類、作者分け、年代分け(年表)などあって、欲する資料をもとめるに便じてゐる。しかしながら、過去の国語の研究を目的とする場合には、日本語で書いた過去の文献はすべてその資料となるのであって、その内容如何にかゝはらないからその内容からもとめる事は困難である。しかし、概していへば、国文学書と国語学書がその主なる資料となる。言語の変遷を見るには、国文学の内でも、伝統的のものよりも、各時代の新興の文学の方が得る所が多く、歌謡の類もよい資料である。正式な文よりも、講義、説教、口演の筆記、其他通俗の文に注意すべきである。漢文の書であっても、訓点があってよみ方の知られるものは資料とすべく、漢籍や仏書の講義に口語に近いものもある。概していへば漢字の多いものよりも仮名の多いものの方が価値が多い。かやうに、言語資料を蒐集するには、普通の目録を直に利用しがたい事が多く、特別の目録を作らなければならない。
次に資料の一つ一つについて、その性質を明かにしなければならない。即ち、巻冊、作者、著作年代、編著の由来、筆者又は刊行著、書写又は刊行年代、伝来(今日まで伝はって来た経路)内容、組織などを明かにするのである。これは書誌学古文書学等の問題であって、その方面の知識を必要とする。これ等の事は、その資料自身によって直に知られる事もあり、又、他の資料をもとめ、又は他の資料と比較して、はじめて知られる事もある。
同じ書籍又は文書が二つ以上伝はってゐる場合、即ち諸本がある場合には、その諸本の系統を明かにしなければならない。即ち書籍や文書は、著者又は筆者の原本から、伝写や印刷によっていくつかの本が出来、更にそれが転写重刊せられて伝はって行くのであるから、今現に存する諸本は、いかにして伝はったものであって、原本に対して、又相互に於てどんな関係に立つものであるかを明かにしなければならない。その伝来や系統は、その書自身に記されてゐるものもあり、又他の資料によって知られるものもある。しかし、そのまゝ之を信じてよいかどうかはその書の内部の研究にまたねば、決定する事が出来ない。まして、それ等の手ががりのない場合は、勢ひその書自身の研究によるより外に方法が無い。
諸本の系統を研究するには、まづその体裁及び内容を比較してその異同を調査しなければならない。体裁については、巻冊の分ち方、表題、序、目録、跋、奥書などの有無、章段の分ち方、その標出法、字体(漢字か仮名か、平仮名か片仮名かなど)其他について異同を調べる。内容については、本文の比較、即ち校合(又校異、比校、対校ともいふ)を行ふのである。即ち一々本文を比較して、文字や語句の有無異同をしらべる(かやうな調査の結果を記したものを校合本といふ)。
以上のやうな体裁及び内容(本文)の差異は、伝写重刊等の際に、自然の原因(欠損、蠧食など)又は故意(改訂、増補、削除など)無意(誤写、誤読、誤脱、竄入、綴違へなど)の原因によって生じたものであるから、右のやうな諸本の相違せる個処の一つ一つについて、その何れが原形に近いものであるかを考へ、その結果を綜合し、且つ伝来に関する記事等をも参照して、それ等の本の何れが原本に近いか、又相互に如何なる関係に立つかを推定するのである。その際、諸本の中の幾つかの根源となった一本を仮定して、それによって他の諸本との関係が合理的に説明出来る場合もある。かやうにして諸本伝来の系統を知るのであるが、諸本の中にその書写又は成立の年代が明かに知られるものがあるとすると、その種の本が既に何時頃に成立してゐたかも明かにする事が出来る。かやうな系統の研究によって、諸本の中何れが最原本に近いもので、随って資料として価値が多いものであるかを判断する事が出来るのである。
以上の如く一々の資料の性質を究め諸本の系統を明かにした結果を叙述したものが即ち資料の解説又は解題となるのである。これは書籍については、書誌学中の一の部門になってゐるのであって、かやうな解題を集めた書籍が既に出来てゐる。これも、あらゆる部門にわたるものもあり(国書解題や群書一覧の如き)又、或部門のみのものもある(歌書綜覧や国文学書史の如き)。
諸本の体裁や内容(本文)を比較する事は、諸本の系統を知るに必要である事上述の如くであるが、これはまた本文校定の基礎として必要である。本文校定は、文献学的研究の目的の一つであって、著者の原本が失はれた場合に、諸本の研究によって、原本の形を推定する作業である。諸本の中に存する後世の改竄増入を去って原本の有様に復する事を目的とするものである。この目的が完全に達せられるか如何は、現存する諸本の性質によるもので、豫め定め難いが、しかし出来るだけ原形に近いものを得るやうに努力しなければならない。
唯一つの本が伝はってゐるだけで、他に比較すべきものの無いものは、多くの場合、右のやうな作業は不可能である。しかし、時には、その本自身によって、それよりも古い形を知る事が出来る場合がある(例へば、増補の部分に特別のしるしがあるとか、目録と本文が合はないとか、その本に綴ぢ違へがあって之を直せば正しくなるとかいふやうな場合)。しかし、多くの本がある場合には、これを比較して異同を調査する事、即ち校合を行ふ必要がある。この場合に、諸本の系統の研究の結果に基づいて諸本を選択する事が必要であって、例へば、諸本の中の一本が、他の一本を写しただけのものである場合には、その本は取るに及ばない。
校定の方法としては、諸本皆一致する部分は、原本又は最古の伝本に於てもさうであったと見るの外ない。異る部分は、伝写の聞に相違を生じたのであって、その中の一つが原形であって他は之を誤ったものであるか、又は、原本の形を諸本共に誤ったものであるか何れかであらうから、その何れの場合であるかを考へる(この際、種々の場合に於ける誤写の実例を多くあつめて、誤写の生じ得べき条件を考へておき、これに基づいて判断するがよい)。かやうにして、後世の誤膠や手入を除き去って原本の形に復するのであって、かやうにして本文を定めた本を定本(又は校定本)といふ。
文献を、種々の学問の資料として用ゐようとするには、それに書いてある事を正しく理解しなければならない。即ち解釈といふ事が必要である。然るに、過去の文献は 言語文字其他現代のものと違った所があって、或は難解であり或は誤解する虞がある。そこで解釈の方法を考へる事が必要となる。
解釈は二つの方面から行はなければならない。一は形式から一は内容からである。形式といふのは、そこに書かれてゐる文字文章であって、その個々の文字や之を連ねた語句や文章の意味を理解するのが必要であるが、なほその外に、文書や書籍には、種類に応じて一定の外的形式があって、宛名の位置、題目を書く形式など一定してゐるから、その形式によって、これは宛名、これは題目などと理解しなければならない。又、敬意を表する為に、高貴の方の御名又は称号の上に余白をのこすとか、行を改めるといふやうな書式がある。又字を削除し又は添加するにも一定の符号を用ゐる。これ等のものも解釈をあやまらないやうにしなければならない(その一般の定まりは、古文書学や書誌学の研究する所である)。文字や文章の意味を正しく理解するには、その文字及び之によって表はされてゐる言語の実例を多くあつめて研究する事が必要であって、それは、言語文字そのものを研究の目的とする国語学の方法と一致するが、しかし、この場合は、その文献の意味を理解するに必要な限りに於て言語文字が問題となるものであって、それ以上の事は顧みなくてもよい(例へば、意味は文字にあらはれた形だけで解する事が出来るのであって、その文字の発音がどうであったかは必しも問ふ必要はない。
以上の形式の方面からの解釈と共に、内容の方面から考へる事も必要である。内容といふのは、文字言語によってあらはされる事物や事柄の謂であって、文字言語の意がわかっても、さういふ事実が実際あり得たかどうかを研究するのである。これは、当時の事物そのものに就いて研究した結果によって判断するの外ない。この形式と内容(事物)と両方面からの解釈が合致して、はじめて正しい解釈が出来たといふべきである。
右に述べたやうに、個々の文献の本文が校定せられ、又これが正しく解釈せられて、はじめて種々の研究の資料として用ゐる事が出来る訳で、個々の文献に関する文献学的研究は、完全な本文の校定と、正しい解釈の完成とを以てその目的を遂げたものと見られるであらう。然るに、校定も解釈も、共に種々の方面からの研究の結果を総合してはじめて完成するものであって、文献を資料としてなした種々の学問の研究の結果が、またその文献の校定や解釈に資する事があるのである。それ故我々は、個々の文献の本文校定と解釈とが十分完成しなければ、之を資料として用ゐる事が出来ないといふのではない。本文校定は、その文献の研究としては極めて大切なことであるけれども、これは研究者の推論が加はってゐるのであって、新な本の発見により、又は他の学問の進歩によって変動する事のあり得べきものである。しかるに純粋の客観的事実としては、唯諸本に於ける本文があるばかりである。これこそ学問研究の真の基礎となすことが出来るものであって、校定した本文は、根本的のものとする事は出来ない。それ故、我々は、定本の出来るを待たないでも研究を進める事が出来る。
又解釈にしても、当時の言語や文字の研究と、事物の研究上に基づくものであり、当時の言語文字の研究や、事物の研究は、やはり文献に拠らなくては出来ないのであって、文献の解釈と、文献を資料とした学問の研究とは、相俟って進むものであって、解釈が完全にならなければ、これを資料とする各種の研究は行ふ事が出来ないといふのではない。