2011-03-18
■ 松尾捨治郎校註『あゆひ抄』おほむね上(2)
又曰、あめつちのことだまは、ことわりをもちてしづかにたてり。そのはじめ(註一)は名にもあらず、かざし・よそひ・あゆひ・にもあらず。たとへば、水といふ神のいまそかる(坐)は、雨・雪・などいふべくもあらず、うみ・川・などいふべくもあらず、ましてす(酢)・さけ(酒)・など名づくべくもあらぬがことし。又「其はじめはふる雨のたまりていづみ(泉)とやいでけむ、泉の水のけの、のぼりのぼりて雨とやふりけむ」としり(知)がたきもあり。又「其はじめ水をくみてこそす(酢)につくりさけ(酒)にかみ(醸)けめ」としるき(著)もありて、これかれたがひにことわりかよはすといふことなし。四のくらゐさだまりて後は、ひろく、せばく(狹)、つよく、よわき、しな/゛\にわかれなり(化)て、これはかれにあらず、かれはこれにあらぬこととなれるもあり。たとへば、裝にいぬ(二)といひあゆひにぬ(三)といふ、まさにふたつならんや。[ありま](四)に[あり](五)といひ、あゆひにありといふ、もとたゞひとつなれど、かくわかれてのちは、[いにね](六)とも、[有ならん](七)ともかさねよみて(八)心をたすくることになれるは、人の人をおひてゆくらんがごとし。
註 (一) 言語の起源。
(二) 動詞往ぬ。
(三) 助動詞ぬ。
(四) 良變の動詞あり。
(五) 助動詞り・たり・けり・の類。
(六) 往に(動)ね(助動)と同源の語を重ねる。
(七) 有(動)なら(助動)と同源の語を重ねる。