2011-03-19
■ 松尾捨治郎校註『あゆひ抄』おほむね上(3)
私云、(註一)里言(二)にも、もとより四のくらゐ(三)はあれど、古のごとくにそなはらす、かけ(缺)たること多ければ、古のあゆひをとかんとて、里言のかざし・装・をもあまねくとりてあてたり。これをふたたび歌のことばにかへしなさば、裝・あゆひ・うちまぎれてそのことわりたがひぬべし。たとへば、[ぞ]を[こちは](四)と里す、歌によまば[われは]なり(五)、[ぬ]を[しまふ]と里す(六)、歌によまば[はつ]なるべけれど(七)、[ぞ]もじを[我は]といふべからず、[ぬ]もじを[はつ]といふべからず。あてことをばかろく心えて、あゆひなることをわすれざればうたがひなし。たとへばかざし・あゆひ・は假名のごとし・名・裝・はまんな(八)のごとし。今假名にぬ・を・か・や・などかけど、みる人假名なることを忘れねば、やつこ(九)・とほし(一〇)・くはふ(二)・なり(三)・などはよまぬがごとし。此抄にあゆひとしてあつめたるうちにも、名・かざし・裝・などあるはこのゆゑなり。
註 (一) 私云は筆者吉川彦富・井上義胤・の言であつて、師成章の言でない意。
(二) 口語。
(三) 言語の四種、名即ち名詞、頭插《かざし》即ち副詞等、裝《よそひ》即ち動詞・形容詞、脚結《あゆひ》即ち助動詞・助詞等。
(五) [こちは]といふ口語を、逆に歌詞に譯すれば[われは]となつてしまふ。
(六) 歌詞の[ぬ]を[しまふ]と口譯する。
(七) [しまふ]を歌詞に譯すれば、[果つ]となるけれど。
(八) 漢字。
(九) 假名ぬの原字奴の本義。
(一〇)假名をの原字遠の本義。
(一一)假名かの原字加の本義。
(一二)假名やの原字也の本義。