2011-04-11
■ 松尾捨治郎校註『あゆひ抄』屬 二「疑屬」(7)
何や何
二例(註一)○第一[さす中のや]といふ。(二)
上何は名・頭・脚・装の引靡・等也。下何は疑のかざし也。(三)
[や]を[ハ]と里して、下何に[ゾ]をつくべし。
春霞たてるや〔ハ〕いつこ〔ゾ〕みよしのゝよし野の山に雪はふりつゝ。
山ぶきのはな色ごろもぬしや〔ハ〕たれ〔ゾ〕とへどこたへず口なしにして。
あるひは[らん]・[なり]・などうちあはせたるも同。
又「千とせふる松や何ぞも」かやうにもつめてよめり。
うちはへて春はさばかりのどけき(長閑)を花の心や〔ハ〕何いそぐらん〔テアラウゾ〕。後
涙川ながすねざめも有ものをえらぶばかりの露や〔ハ〕何なり〔ヂヤゾ〕。 同
「露や何なり」は[なる]とうちあふ(四)べき様なれど、有名(五)のことわりしかるべければにや、中昔(六)も中頃(七)も何[なり]とのみうちあへり。後撰に「あかぬ別やなにゝに(似)たり」と、と貫之もよめり。
源氏若菜に柏木の「袖や何なり」とよめるをみつけぬうち合なればとて、「ことさらに廢忘の詠(八)をまねびたるにや」などいふひが心得あるを、先達すでにもどき(九)ことわられたり。もとより孔(五)のことわりなる上に、古集におほくよまれたるをみれば、うたがふにたらぬことなり○
註 (一) 二種。
(二) 指定する意の、語の中途に來るや。
(三) やの上即ち所屬は名詞・副詞・助詞・形容詞動詞の連體・であつて、之をうける語は疑の意の副詞・代名詞・例へばいつこの類(私見、此のやは感嘆と見たい。)
(四) 結ぶ又け受ける。
(五) ありなとよむ。孔ともかく。即ち[遙なり]・[あはれなり]・の類、三矢博壬など[なり活]といふ。此の種類は[る]の代りに[り]を用ゐるべき道理があつてゞあらうかの意。
(八) 若菜下に、「おきて行く空も知られぬ明ぐれにいづくの露のかゝる袖なり」とある歌をさしたのであらう。女三宮に通じた時の歌である。細流に「結句、正徹説は、此時柏木心も心となきうちの歌なれば、[てにをは]の分別もなきとなり云々」とある。廢忘はハイマウ、敗亡ともかく。狼狽すること。
(九) 批難する。