2011-04-08
■ 松尾捨治郎校註『あゆひ抄』屬 二「疑屬」(4)
何かは 何は名・裝の引靡・也。
里[カイノ]といふ、心をかへして(註一)落着する詞なり、又[何は][何かは]とかさね詞によみ、さらでもちかく[は]をうけたるをば、心得て[トイフモノカイノ]と里すべし。
こゑたえすなけや鶯ひとゝせにふたゝびとだにくべき春かは〔カイノ〕。
何かその名のたつことのをし(惜)からむしりてまどふはわれひとりかは〔カイノ〕。
うつゝにてたれ契けむさだめなき夢路にまどふ我はわれかは〔ト云モノカイノ〕。 後
ちぎりけむ心ぞつらきたなばたの年に一たびあふは逢かは〔ト云モノカイノ〕。
又物かはとよむ詞、古今に「我身もともにあらん物かは」「思ふ中をばさくる物かは」などよめる様にはあらで(二)、世に名だかき小侍從が「あかぬ別の鳥はものかは」とよめる心なるは、後撰に「まちかくてつらきをみるはう(憂)けれども、うきは物かはこひしきよりは」とよめり。此心又「物ならなくに」「物とやはみる」など歌にあり。物語などに「物にもあらず」「ことのかずたらず」などいふにひとしく、くらぶべきほどのものにてもなしとなり。里に[物デモナイ]といふ心を猶つよくいはんとて[物カイノ]といふ詞なり。
何かは何 上下何(三)前の[うたがふ中のか]に同じく、上何はかならず疑のかざしをうく。
里[かは]をまはして、下何の下に[ゾイノ]とつくべし、心得[うたがふ中のか]に同じ。
さく花はちぐさながらにあだなれどたれ]かは](口略)〔ガ〕春を恨はてたる〔テアルゾイ〕。
君をのみおもひこしちのしら山はいつ[かは](ロ略)雪のきゆる時ある〔ゾイノ〕。
又、古今歌に「たれかは秋のくるかたにあざむきいでゝ」とよめるは長歌なればにや、うちあふべきよみつめ(四)もなし。これらは心をえて誰[かは]をやがて誰[ゾイノ]と里して見べし。
○[かのかは]・[かはのか]・あり(五)。もとより[かは]と[か]はなはだ(甚)ちかきあゆひなること里言にてもしるべし。その中に、[か]はかろく、[かは]はおもくかへす(六)心あれど、詞の勢によりて、[か]とよむべき所を[かは]とよめるもあり。拾遺歌の「別てふ事はたれかははじめけむ」の類也。又[かは]とよむべきを[か]とよみてふくませたるもあり。古今歌の「たがまことをか我はたのまん」の類也。下にいたりて[やのやは]・[やはのや]・(七)なども是に同じ。
註(一) 反語となつて。
(二) 前の[物かは]は、[ものならず]の意。下のは[ものの數ならず]の意。
(三) 上何は、即ち所屬、下何は、即ち受ける語。
(四) 終の句、[たれかは]に對する結。
(五) [か]の意の[かは]、及び[かは]の意の[か]。
(六) 反語とする。
(七) [や]の意の[やは]、[やは]の意の[や]。