国語史資料の連関

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2004-06-01

[]石井研堂明治事物起原』金融商業部「古本陳列即売会の始め」 石井研堂『明治事物起原』金融商業部「古本陳列即売会の始め」 - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 石井研堂『明治事物起原』金融商業部「古本陳列即売会の始め」 - 国語史資料の連関 石井研堂『明治事物起原』金融商業部「古本陳列即売会の始め」 - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

 (一)東京 「記録類ことごとく焼亡したれば、年月の判然たることは分からざれども、十四、五年前なりしかと記憶す。横浜なる貿易新聞社?長富田氏が、横浜に古本店なし、願くは出店してくれまじくやといふ。ただし、東京と違ひ、売れ口いかがと思へるものから、これを謝絶したるに、しからば出張販売はいかが、十分賛助後援すべしといはるるに従ひ、同業松山堂に諮り、横浜にて古書展覧即士冗会を催したることあり、これ、古書陳列会の祖なり。同地にて、二回行ひしと思ふ。その後観古会と名付け、東京常磐木クラブを借りて行ひしこと、これまた三、四回ありしと思ふ。しかるに、同業者より、ただ二店にて行ふよりは、合同して大規模に開催されたしと望まれ、始めて東京書林古書展覧会と名付け、江東美術クラブ?を借りて開催し、年々二、三回つつ継続して開けり。大震災後一時休止したりしが、昨十三年より復活せり。根津の伊藤福太郎?氏は毎会よく世話されたれば多少の記録存するやと思はる云々」。(大正十四年八月文淵閣主人談)

 その後駿河台の図書クラブ、牛込の矢来クラブ、同南妣館、上野韻松亭に開く四団体と、酒井一誠堂?の個人陳列会出づ。

 (二)神戸 神戸市にては、大正十三年十二月二十六日、湊西クラブに開きたる古書籍展覧即売会を第一回となす。この第一回にて著者は、二、三の買ひ物をなせるため、たしかに記憶す。

 (三)大阪 大阪の古本即売会の始めを、同地鹿田文一郎氏の所報と、大阪古書月報?(大正十四年八月発行)とによりて、その梗概を綴る。

 やや特殊の会なりしも、蔵書家の払ひ物を陳列し、正価即売せる古き事実あり。すなはち明治十四巳年の春、松雲堂?と忠雅堂?の主催にて、会場は書籍集会所なりし。当時の摺り物を証とし左に出す。

過光旧侯蓄積の書籍を求め、遍く諸先生の一覧を請ひて大に恩顧を蒙る事を謝し奉る。今やある家に、牛に汗するほとも擁せられし史冊を購め、再ひ徳星の照明を辱くしたまひて覧に供す。皇漢新旧の書猶西洋翻訳はもとより、古法帖等も増加し、精々其価を低し、正札を附して出す。仰冀くは四方の君子有用御望の書を多々求めたまはん事を、欽白、

  明治巳年立春                 書肆  忠雅堂

                             松雲堂

  右は来る二月五日より左の所にて展覧仕候

                   大阪安土町心斎橋東入北側四番地

                         書籍集会所

 以上は特例なり。即売会としての始まりは、日露戦後の上景気に誘発され、明治四十年前後、同地古典会の催しにて開会せるものこれなり。何しろ始めての催しなれば、前景気素晴らしく、日はいく日なりしか、午前八時開会といふ通知なりしに、当日は、朝早くより会場前なる鹿田書店?へ、腕車が八、九台も横付けられ、蓋開けを待つ数寄者が店頭に溢る。

 出店者は、大阪鹿田・橋本・石川・島伊・荒木・長谷川・倉地、京都山田・佐々木・若林・細川・大島・彙文堂などの顔触れなり。

 お客には、北浜銀行の小塚正一郎?、朝日の西村天囚富岡鉄斎、永田有翠?諸氏と、木崎好尚、磯部秋渚?渡辺霞亭、堀越福三郎?等の著名人あり。

 出品中に、西鶴本などはザラにありて、永代蔵が三円五十銭くらゐの相場なりし。京の若林?出品の正平版論語が百八十円の札を付けて、正面床の間へ、麗々しく飾られしが、つひに売れず、あの名高き恋のみなかみも、同店の出品なりしやうなり。それから、同じく京の佐々木と、細川の組合かで出品せる、集古十種?八十冊の原本が、百五十円にて、八幡筋の丹平に売れしは、破天荒にて、御意の変はらぬ中にと、倉皇配達されしといふ。もつともその頃いかにひいき目に見ても八十円前後の値打ちしかなかりしものなりと。

 大阪側出品の代表としては、西川祐信?の三冊揃ひ絵本が、三十五組、合計百五冊、イキといひ時代といひ、喉から手の出さうな代物、それが三冊づつ仕切つてある立派な箱入りにて、売価がわつかに五十円、出品者は、先代倉地書店?なりし。かかる盛況にて、開期二日間の売り上げ、総計千八百円。

 古典会は、大正十四年頃もなほ永続してをりしが、即売会は催さず、その代はり、和本本位の緑友会、洋本本位の日本橋倶楽部、洋和本の錦水会等の団体あり。その寄り合ひが書林聯合会にて、ときどき即売会を催し、大正の末よりは、また個人独催の即売会が、ときどきその間に開かれ、概して古本即売会は、東西とも、頻繁に開かるるやうになれり。