国語史資料の連関

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2011-11-03

詩学第三則(授業編) 詩学第三則(授業編) - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 詩学第三則(授業編) - 国語史資料の連関 詩学第三則(授業編) - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

詩に体裁あり。其大段二あり。古詩なり。近体なり。古詩に、四言古詩、五言古詩、七言古詩、歌行長篇あり。近体に、五言律、五言排律、七言律、五言絶句、七言絶句あり。是大段なり。其餘、なを古体の中に、三言あり、二四六言あり、三五七言あり、八言あり、九言あり、長短雑言あり。近体に六言律絶あり、又七言排律ありて、古体、及び楽府等、諸名の雑体、猶此に止まらず。然れども、常に用ゆるところは、古詩には四言、五言、七言古詩、歌行長篇、近体には、五言律、五言排律、五七言の律絶なり。初学詩を作りならはんとならば、先づ五七言の絶句を作り覚ゆべし。前にも云しごとく、其極処に至るの難きは、何れも同じ事なれども、絶句は、字数少なく、対のせんぎもなくて、初学のとりつきに、手を下しやすし。其絶句を作りおぼゆるうち、五七言ともに、律詩を作るべからず。たゞ絶句ばかりを、大抵二三百作るべし。但しみだりに作るばかりにては、其益すくなし。よき師導を求めて、正削を乞ふべし。かくは言れず、かく言は無理なり、かくは作らぬ事、かく云てはきこえず、かく作れば、法にそむくなどのわけを、細かにきゝて、会得するやうにすべし。詩になるも、詩にならざるも、最初の師導のよしあしによる。又後来詩のすがたの、よしもあしきも、最初の師導によるものなれば、是を求むる事、なをざりにすべからず。

もしまた遐郷遠境にて、其左右によき師導なくんば、唐詩選にても、解にても、正声にても、品彙にても、あるに任せて、熟読し、誦吟し、又明詩選、明詩声声、新安風雅、七才詩集、絶句解にいたるまで、総て有に任せて閲覧し、吾邦の詩集にても、小むつかしげなる事なく、俗にいふ、行儀のよきといふ詩ならば、併せ覧るも害なし。所詮作りならひに、二三百も作るうちの詩、社外の人に示すべきに非ず。後来詩集へ収録すべきにもあらねば、古人の詩を遠慮なく剽竊して、作りおぼえ、なを全首具足しがたくは、近時もっとも世上にたくさんなる、唐詩礎、明詩礎、詩語砕錦など云やうのものにて、補綴して、詩をこしらえ、其こしらえたる詩を、五首十首づゝ、つゞまやかに清書して、何方にもあれ、わが師導を頼む人の許へ遣はし、正削を求むべし。其ついでに疑はしき事、并に古人の詩の会得しがたき所などをも、つゞまやかに書録して、問尋ぬれば、いかなる遐陬僻境、其あたりに、よき師導なくても、詩を作りならふも自由なり。なまさか、さるべくもなき人へたよりて学ぶには遥にまされり。

(まだあり)

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