国語史資料の連関

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2007-08-27

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第二講

      書翰文

  書翰文は、又、候文とも言ふ、手紙文章の事である。叙事文や叙情文などになると、文章を美くしくする爲に、言葉の言ひ廻はしをわざ/\長くしだり、短くしたりして、文章を飾る必要があるが、書翰文は、口で言はうとする用事を紙に書いて、それで、用を達さうとするものであるから短く要を得た言ひ方をすれば、それで好い。從ってその文章は、ロのかはりになるものであるから、相手によって、その言ひかたを變へねばならぬ

即ち身分のある立派な人に言ふ言葉と、下女下男に言ふ言葉、はじめての他人に言ふ言葉と、親しい友達に言ふ言葉、父母に言ふ言葉と、弟や妹に言ふ言葉、それぞれ皆違ってみるから、これを區別せねばならぬ。この區別は非常にむづかしい事で、この區別さへ拙家るなら、書翰文に上達した者と言へるのである。

  書翰文を候文と言ふ如く、在来の書翰文には、申上候、候に付、候間存候と言ふやうに候が付いてゐる。今の所、書翰文と言へば、この候文の事になってみるが、將來はロで言ふと同じやうに口語體文章になるであらう。今、左に言葉候文にする書方を説明してみる。

手紙をあげます。明後日は私の誕生日に當りますから、心祝をかねて晩餐をさしあげだう御座います。何卒奥様御回件の上にて、午後四時までに御出で下さいませ。御待ち致します。

と言ふ言葉があるとして、之を候文にするには、何う言ふ風にするかと言ふと、

拝啓。明後日は小生の誕生日に相當り候に付、心祝をかねて、晩餐差上げ度候。何卒御令閨様御同伴の上にて、午後四時までに御來駕下され度待ち奉り候。

とする。手紙をあげますは、拝啓、當りますからは、相當り候に付とか相當り候間とかになり、さしあげたう御座いますは、差上げ度候になり御待ち致しますは、待ち奉り候と言ふ風になる。若し又、

謹んで手紙をあげます。明五日午後五時から私の宅で知人五六名を會して、新年の祝宴を開きたう御座いますから、是非御繰合せの上、御出で下さいませ、右、御案内申上げます。

と言ふ言葉がありとすれば、之を候文にするには、

謹啓。明五日午後五時より拙宅に於て、知人五六名相會し、新年の祝宴を開き申度候間、是非御繰合せを以て、御光来成し下され度、右御案内申上候。

とする。即ち謹んで手紙をあげますは、謹啓になり、開きたう御座いますからは、開き申度候間になり、御出で下さいませは、脚光来成し下され度になり、御案内申上げますは、御案内申上候になる。この言ひまはしを覺えるには、むづかしい理屈よりも、書翰を多く讀んで居れば、自然に分って来る。併し今も言ったやうに、將來の書翰文は、口語體になって、言葉をそのまゝに書くやうになるから、候文は不必要になると思ふ。

 要するに書翰文は、ロのかはりにするものであるから、短くて、要領を得た言ひ方をしなくてはならぬ上に、相手によつて、言葉の區別をすると云ふ事を忘れてはならぬ。