2007-06-16
■ [言葉とがめ]芥川龍之介の「とても」
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/3745_27318.html
二十三 「とても」
「とても安い」とか「とても寒い」と云ふ「とても」の東京の言葉になり出したのは数年以前のことである。勿論「とても」と云ふ言葉は東京にも全然なかつた
訣 ではない。が従来の用法は「とてもかなはない」とか「とても纏 まらない」とか云ふやうに必ず否定を伴つてゐる。肯定に伴ふ新流行の「とても」は
三河 の国あたりの方言であらう。現に三河の国の人のこの「とても」を用ゐた例は元禄 四年に上梓 された「猿蓑 」の中に残つてゐる。
すると「とても」は三河の国から江戸へ移住する
間 に二百年余りかかつた訳である。「とても手間取つた」と云ふ外はない。
二十七 続「とても」
肯定 に伴ふ「とても」は東京の言葉ではない。東京人の古来使ふのは「とても及ばない」のやうに否定に伴ふ「とても」である。近来は肯定に伴ふ「とても」も盛んに行はれるやうになつた。たとへば「とても綺麗 だ」「とてもうまい」の類である。この肯定に伴ふ「とても」の「猿蓑 」の中に出てゐることは「澄江堂雑記 」(随筆集「百艸 」の中 )に辯じて置いた。その後 島木赤彦 さんに注意されて見ると、この「とても」も「とてもかくても」の「とても」である。
しかしこの頃又乱読をしてゐると、「
続春夏秋冬 」の春の部の中にもかう言ふ「とても」を発見した。
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田中章夫「東京語の時代区分」(『国語と国文学』1988.11「東京語の歴史」)