国語史資料の連関

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2011-12-22

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新らしい人の書いたものを讀むと、一ペイジに一つ位は其の人一家の新造語が出て來る。

 東京の一部で使つてゐる「カツチリ」と「ガツシリ」と上方語の「ガツチリ」とを三つ混同したものもある。

「しつッこたらしい」と云ふのは「しつッこいやうな」の義であらうか。小説の中にあるのだが、立派なお嬢さんに「すてき」だとか「すばらしい」とか云ふ言葉を使はせたのも出て來る。婦人の日常語も變つたものだ。

 「うれしみの餘り」「青草原に寝轉んで」と云ふ句もあつた。「夙寐」と書いて「早寢」と讀ませたのもあるが、どう云ふ必要から斯んな字を使ふのであらう。

 呉の字に「れ」を送つたり、度の字に「く」を送つて使ふのも、昔の手紙假名を避けた習慣の餘弊である。

 「肘鐵砲」とか「焼餅」とか云ふやうな言葉が立派な演説に使はれたり、眞面目な新聞記事の中に使はれたりしてゐるが、是も新鮮な刺激を與へる目的なのであらう。

 新刊新語字典と云つた種類の字引を讀んで見ると、「シイク」があつて「イット」「カール」「ルンペン」が無く、殊に服飾の語「スエータ」「ズロース」「タキシード」が無いのがある。「プロレタリアート」に注を「プロレタリア藝術」と附けたのもある。

 片假名を用ゐないと讀んでくれる人が無からうと思つて、私も最近「中央公論」に寄稿したものにはは一つ二つ使つて置いた。(七月二十一日)

  附記。七月の「中央公論」に正宗白鳥氏が本誌前號の坪内博士談話*1引用してゐられるが、筆記である爲に博士の眞意を十分に正宗氏始め一般讀者に傳へ得なかつた事は遺憾であり、博士に對して陳謝する所である。博士は今「演劇博物館」と云ふ月刊册子に毎號「柿の蔕」と題する追憶的随筆執筆中である。明治文學史の正確なる資料として甚だ貴いものである。册子が特種のものである爲に世に廣く讀まれてゐないらしいのは私かに遺憾とする所である。博士は又機を待つて同誌に、文字言葉に關する所見を發表されるとのことで、其の準備として、今夥しく材料を蒐集してゐられる。本號に載せた談話の斷片は私の備忘録を抄出したに過ぎぬものである。博士に或は累を及ぼすことを恐れて、寛恕を仰ぐ次第である。          種亮

『校正往来』第二輯 昭和六年五月)

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