国語史資料の連関

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1187-03-08

唐物語・眄々 唐物語・眄々 - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 唐物語・眄々 - 国語史資料の連関 唐物語・眄々 - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

むかし眄々といふ人、長尚書に契を結びて幾年經れども露ちり互に心に違ふ事なかりけり。花の春のあした月の秋の夜も、諸共に舞を見、歌を聞きて遊び戯ぶるゝより外のいとなみなし。かゝれども、若き老いたる定めなき世のうらめしさは思の外にこの男はかなくなりにけり。その後この女立ち後れたる事を悲しと思ひて、別れの涙乾くことなし。みめかたち心ばせなどもいとめづらかなる程に、世に聞えれりければ、帝より始めて色を好む人々ねもころに挑み言ひけるを、限なく憂しと思ひけり。秋の夜の月隈なく照らすを見ても、まつ昔のかげのみ思ひ出でられて、

 「もろともに見しに光やまさりけむ今はさびしき秋の夜の月」。命はかぎりありといひながら、かくても生ける身のつれなさよなどぞ思ひみだれ【しられイ】ける。かくしつゝ月日を過ぎ行けば、〓子樓の内荒れはてゝゆかのうへ傍寂しく覺えけるまゝには手つからみつから、裁ち着せたりける唐衣を取り重ねつゝ身にふるれど、ありしばかりのにほひだになかりければ、いとゞ涙をそふるつまとなりにけり。

 「見るたび【ながらイ】にうらみぞふかき唐衣たちし月日をへだつとおもへば」。かくしつゝ十二年の春秋を送りて、終にはかなくなりにけり。

国文大観