2014-03-30
■ 『西洋事情』小引
本編の翻訳は今茲三月より公務の暇、業を起し六月下旬に至り初編初て稿を脱せり 之を校正するに及で或人余に謂へる者あり 此書可は則ち可なりと雖ども文体或は正雅ならざるに似たり 願くは之を漢儒某先生に謀て正刪を加へば更に一層の善美を尽して永世の宝鑑とするに足る可しと 余笑て云く 否らず 洋書を訳するに唯華藻文雅に注意するは大に翻訳の趣意に戻れり 乃ち此編文章の体裁を飾らず勉めて俗語を用ひたるも只達意を以て主とするが為めなり 然るに今之を某先生に謀るも徒に難字を用ひ読者をして困却せしむるの外决して他事なかるべし 加之 漢儒者流力頑僻固陋の鄙見を以て原書の情実を誤認むるも亦図る可らず 是余が甚た欲せざる所なり 且方今文運隆盛世人洋籍を学ぶもの一日一日より多し 蓋し数年の後は人皆原文を解し此編の如きも亦膈下覆甕の故紙とならんこと必せり 又余が本志と雖ども敢て不朽を計るに非らび 畢竟唯一時新聞紙の代用に供するのみ
原文カタカナhttp://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/761234/9
今野真二『日本語のミッシングリンク』 p.80所引