国語史資料の連関

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2015-01-03

[]「我國は東と西とに各一大中心を有して、其言語風俗劃然として二大系をなすを見る」(田岡嶺雲東京大阪」) 「我國は東と西とに各一大中心を有して、其言語風俗劃然として二大系をなすを見る」(田岡嶺雲「東京と大阪」) - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 「我國は東と西とに各一大中心を有して、其言語風俗劃然として二大系をなすを見る」(田岡嶺雲「東京と大阪」) - 国語史資料の連関 「我國は東と西とに各一大中心を有して、其言語風俗劃然として二大系をなすを見る」(田岡嶺雲「東京と大阪」) - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

 今東京を出で、靜岡を過ぎり、濱松を經て、而して既に名古屋に至らば、言語風俗頓に面目を異にするものあるを見ん。盖し參以東は東京の感化之に及び、尾以西は大阪の感化之に及ぶ、實に我國は東と西とに各一大中心を有して、其言語風俗劃然として二大系をなすを見る。今地圖をとり來て遠と參との國境線を延長して、我國を東西の兩大部に分てば、線以東は則ち東京を中心として之に屬し、以西は大阪を中心として之に屬す。東京大阪とは各東西に鎭して我國の二大中心たるものたるなり。而して其風尚の夐かに相異なれるものを見る。東京が政治の都たるが如く、大阪は商業の市なり。東京は文華の中心にして、大阪は工業の地なり。而して大阪は京畿優柔の風をうけて、東京は昔日東夷剽悍の俗を存す。此は關八州任侠の面影を今にのこして、人氣寛濶に、短慮に、淡白に、憤易くしてまた涙に脆ろし。彼は浪花津の昔より馴養せる財利の計に敏ければ、人氣侫諛言に巧みにして情に薄く、憤易からざれともまた涙に乏し。從て大阪は實用を尚ぶ、東京は華文を喜ぶ。故に世俗的なり、美の如きは彼等の解する所にあらず。食倒れの語の明かに之を證するが如く、唯物質的に心神を滿足さすを知るのみ。文學の彼地に榮ざるものもとより其人なきによるなきに非ずと雖とも、文學の事の商業と相容れずして、職として大阪の人士文學を解する能はざるに由らずんばあらず。故に吾人は敢て大阪文學の盛に興らざるを咎めずと雖ども、彼地に在る文士の作の、一種の俗臭を帶ぶるを見る毎に顰蹙せずんばあらず。概して之をいへば大阪に在る文士の作は、一種の俗氣を帶びて清楚瀟洒の趣に乏し。盖し大阪人士の實用を尚び、世俗的なる、從て其の嗜好野卑に傾かざる能はず、此野卑なる嗜好に投じて、此俗氣ある風俗を寫さんとす、此俗土に生れざるの人たらしむるも、尚其作俗氣を帶びざる能はず。南翠、霞亭の筆の如何に俗了せられたるかを見よ。而して彼俗氣芬々たる京阪の間に生れたるもの、來つて東京にありと雖ども、猶上方贅六的の俗臭を筆頭より滌ひ去ること能はず。青軒、仰天等の筆の、猶一種のいやみあるを見よ。上方贅六は由來文學を解し得るものに非ず。いやみあり、ダレ氣味あり、銅臭あり、俗氣あり、氣魄なく、活氣なく、優柔媚嫵にして婦女的なるものを上方文學の特徴となす。吾人は寧ろ此の如きの文學を厭ふ。

田岡嶺雲『嶺雲揺曳』
http://school.nijl.ac.jp/kindai/YMNK/YMNK-00420.html