2011-04-15
■ 大矢透『音圖及手習詞歌考』 第二章 阿女都千詞 第一章 阿女都千詞の出典
第二章 阿女都千詞
阿女都千の名の、初めて見えたるは、宇都穂物語国譲中にして、次は順集、次は口遊、次は相摸集なり。北邊随筆には、加茂保憲女集にもありといへども、類從本には見當らず、恐くは、相摸集の誤なるべし、是等の後は絶えて知るものなかりけるが、北邊随筆に見えたりしより、また世に知られて、伴信友の此古婆衣に、安米都知誦文考といふがあるに至れり。今その古來物に見えたるさまを、こゝに抜きいでんに、先づ宇都穂国譲なるは
上略 あかきしきしにかきて、うの花につけたるは、かむな。はじめには、をとこで?にもあらず、をんな手?にもあらず、あめつち。そのつぎにをとこで?。云々。
次は順集なり。
あめつちの歌 四十八首
本、藤原のありたゞの朝臣藤六がかへしなり。かれはかみのかぎりにそのもじをすゑたり。これはしもにもすゑ、ときをもわかちてよめる。
春
あらさじとうちかへすらんを山田の苗代水にぬれて作るあ
めもはるに雪まも青く成にけり今日こそのべに若葉摘てめ
つくば山さける櫻の匂ひをばいりてをらねど外ながらみつ
千くさにもほころぷ花の匂ひかないづら背柳ぬひし糸すぢ
ほの/\と明石の濱をみわたせ春のなみともいづる船のほ
しづくさへ梅の花笠しるよかな爾にぬれじと君やかくしゝ
そらさむみ結びし氷うちとけていまや行らん春のたのみぞ
らにも枯菊も枯にし秋の野のもえにけるかなさほの山づら
夏
やまも野も夏草繁くなりにけりなどか未しきのべの苅かや
まつ人も見えれば夏も白雪や猶ふりしげるこしのしらやま
かた懸も身をやきつゝも夏虫のあはれわびしき物を思ふか
はつかにも思ひかけてはゆふ襁賀茂の河波たちよらじとは
みをつめば物思ふらし郭公なきのみまどふさみたれのやみ
ねをふかみまだ現れぬあやめ草人を戀路にえこそはなれぬ
たれにより祈るせゞにも有なくに淺くいひなす大麻のはた
には見ればやを蓼おいて荒にけり辛ぐしてだに君がとはぬに
秋
くれ竹のよさむに今はなりぬとやかりそめぷしに衣かたしく
もがみ河いなぷねのみは通はずており昇り猶騒くあしがも
きのふこそ往て見ぬ程いつのまに映ひぬらんのべの秋はぎ
りうだうも名のみ也けり秋の野の千草の花の香には劣れり
むすび置し白露もみるものならば夜光るてふ玉もなにせん
ろもかぢも船もかよはぬ天の川七夕わたるほどやいくひろ
このはのみふりしく秋は道をなみ渡りをわぷる山川のそこ
けさみればうつろひにけり女郎花我に任せて秋はゝやゆけ
冬
ひをさむみ氷もとけぬ池水やうへはつれなくふかき我こひ
とへといひし人は有やと雪分けて尋ぞきつる三輪の山もと
いづみともいきや白浪立ぬれて下なる草にかけるくものい
ぬるごとに衣をかへす冬のよに夢にだにやは君が見えこぬ
うち渡し待つ足代木のいとひをの絶てよらぬはなぞや心う
へび弓のはれるにもあらで散花は雪かと人にいる人にとへ
すみがまのもえこそわたれ冬寒み獨思のよるはいもねず
ゑごひする君がはし鷹霜がれの野にな放ちそ早く手にすゑ
思
ゆふさればいとゞ詑しき大井川柵火なれやきえかへりもゆ
わすれずも思ほゆる哉朝な/\ねし黒髪のねくたれのたわ
さゝ蟹の糸だにやすくねぬ頃は蓼にも君にあひみぬがうさ
るり草の葉におく霜の玉をさへものおもふ君は泪とぞみる
おもひとも戀とも瀬々にみそぎすと人形なでゝ祓へてはおゝ
ふく風につけても人を思ふにはあまつ空にも有やとぞ思ふ
せをふちに五月雨がたの成行けばすをさへ海に思こそなせ
よし野川そこの岩浪いはでのみくるしや人を立居こふるよ
えもいはで戀のみまさる心かないつとや岩におふる松のえ
のこりなくおつる泪は露けきをいづらむすぴし草村のしの
えもせかで泪の川のはて/\やしひて戀しき山はつくばえ
をぐら山覺つかなくもあひみぬるなく鹿ばかり戀しき物を
なきたむる泪は袖にみつ潮の干間にだにもあひみてしがな
れうしにもあらぬ我こそ逢ふ事をともしの前の燃焦れぬれ
ゐても戀伏てもこふるかひもなく影淺ましくみえぬ山のが
てる月ももるゝ板間のあはぬよはぬれこそわたれかへす衣手
かくの如く、歌の頭と末とに。同じ文字を置きて詠みたるを、其の頭。若くは末の文字を連ねて見れば共に、
あめ つち ほし そら やま かは みね たに くも
きり むろ こけ ひと いぬ うへ すゑ ゆわ さる
おふせよ えのえを なれゐて
の四十八字となる。次に順朝臣の弟子源爲憲の口遊《クチズサミ》[天祿元年の作]の太為爾歌に附言して、
今案世俗誦阿女都千保之曾里女之訛説也 比誦為勝
といへり、以て天祿時代に於いて、後代の伊呂波の如く阿女都千の詞の行はれしを證すべし。次は相摸集にある所に庚坤のよ天地をかみしもによむとてよませし十六首
春
あさみどり春めづらしく一壇に花の色ますくれなゐのあめ
つきもせぬ子日の千世を君が為まづ引つれんはるの山みち
ほかよりはのどけき宿の庭櫻かぜのこゝろも空によくらし
その方と行ゑしらるゝ春ならば關すゑてまし春日野のはら
夏
やど近き卯の花かけは波なれや思ひやらる雪のしらはま
かたらはゞ惜みなはてそ時鳥きゝながらだにあかぬ聲をば
みしま江の玉江の眞菰夏がりにしげく往きかふ遠近のふね
たきつせに澱む時なく禊せんみぎは涼しきけふのなでしこ(なごりに)
冬
むしのねも秋すぎぬれば草村にこりゐる露の霜むすふころ
この葉もる時爾ばかりの古里は軒の板間もあらしと思ふを(こそふけ)
えこそねゝ冬の夜深く寝覺してさえまさる哉袖のこほりの
えた寒み積れる雪のきえせぬは冬とみるかな花のときはを
とあり。其の上下におきたる二字を合せ見れは、
あめ つち ほし そら やま かは みね たに ○○
○○ むろ こけ ○○ ○○ ○○ ○○ ○○ ○○
○○○○ えのえを ○○○○
となりて、順集と合せ見れば、○印の言字に當る歌を闕きたり。但し其の闕きたるは、歌の闕失せるにはあらで、初めよりかゝりしことは、四季四首つゝに分ち詠めるにて知られたり。而もかく字を省きたりし理由は明かならず。さりながら、之によりて、阿女都千詞には、一定せる次第あるを明かにすることを得べきなり。唯
こゝに注意すべきは、順の歌は、エノエヲの句を詠むに、二つのエを同じ得の意に詠みて、初めのエは、「得モ言ハデ」後のエも、「得モ堰カデ」としたれど、相摸集なるは、「得コソ寝ネ」と、「枝寒み」と、一はア行のエ、一はヤ行のエなる詞に當てたり。