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2011-04-13

松尾捨治郎校註『あゆひ抄』屬 二「疑屬」(9) 松尾捨治郎校註『あゆひ抄』屬 二「疑屬」(9) - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 松尾捨治郎校註『あゆひ抄』屬 二「疑屬」(9) - 国語史資料の連関 松尾捨治郎校註『あゆひ抄』屬 二「疑屬」(9) - 国語史資料の連関 のブックマークコメント


 谷風にとくる氷のひまごとにうちいづる浪や〔ガ〕春のはつはな〔カ〕。

 月や〔ガ〕あらぬ〔カ〕春や〔ガ〕むかしの春ならぬ〔カ〕我身ぴとつはもとの身にして。

 花のちることや〔ガ〕わびしき〔イカ〕春霞たつたの山のうぐひすのこゑ。

 ながれいづるかた(方)だにみえぬなみだ川おき(沖)ひん・時や〔ニ〕そこ(底)はしられむ〔ウカ〕。

 春くれぜ雁かへるなりしら雲の道ゆきぶりにことや〔ヲ〕つてまし〔ウモノカ〕。

 いつとなくこひにこがるゝ我身よりたつや〔ノガ〕淺間の煙なるらむ〔デアルデアロカ〕。 金

 雪のうちに春はきにけりうぐひすのこほれるなみだ今や(口略)とくらむ〔ルデアロカ〕。

 われをおもふ人を思はぬむくひ(ママ)にや(口略)わがおもふ人の我を思はぬ〔カ〕。

 春霞たつをみすてゝ行雁は花なきさとにすみや(口略)ならへる〔カ〕。

 もみちばもしぐれ(時雨)もつらしまれにきてかへらん人をふりや(口略)とぜめぬ〔カ〕。後

 思ひやるさかひはるかになりや〔ドモ〕する〔カ〕。まどふ夢ぢにあふ人もなし。

 かゞみ山いざたちよりて見てゆかんとしへぬる身は老やしぬる〔ナドモスルヤウニ成タカ〕と。

上に(註一)す・を・に・は・と・て・などをくはへ、下にじ〔マイカ〕。ぬ〔ヌカ〕。ぬる〔テシマフカ〕ならぬ〔デナイカ〕・ん〔ウカ〕。らん〔デアラウカ〕・ぬらん〔テシマフタデアロカ〕・かるらん〔ウアルデアロカ〕・なるらん(デアルデアラウカ〕・つらむ〔タノデアロカ〕・なん〔テシマハウカ〕・てん〔テミヨウカ〕・けん〔タコトデアロカ〕・にけん〔テシマタコトデアロカ〕・ざらん〔ズニヰルデアロカ〕・まし〔ウモノカ〕・し〔タカ〕・にし〔テシモタカ〕・などさま/゛\にうちあへるも、皆此例にもれす。引歌見本抄。

此打合本抄さしおきの例あまたあり(二)。今はぶきていはず。○又此[や]に[らし]をうちあはする例、三代集以下おほけれど猶さしおきとせり。

 又後撰に「わがくろかみをなでずや有けむ」といふ歌、あゆひさだかに心得がたき沙汰あり。里してみればうたがひもなき事也。拾遣の「くるしきものとしらすや有けむ」なども同。

何や・ 何は裝・脚・ともにふしたる(三)をうく。

これを伏や(四)といふ、上代には裝をうけたるもおほし。八代以後は[れや]とよめるぞおほき。中にもなれやとよむ事尤多し。たれや・けれや・ぬれや・などまれにみゆ。

四例(五)。第一うたがふ伏やといふ。二様(六)あり。一、上に疑の頭を承(け)、句をへだてたるもあり、又すぐに「いかなれや」「誰なれや」「何なれや」などもよめり。凡中のやに上に疑のかざしあるは伏やのみなり。(七)

 但[などや]といふ頭、中頃俊頼俊惠集などにあまたみゆ。又頼政卿もよまれたれど、本抄さしおきとす。(二)

二、上に疑頭(八)なきは、次の例どもとかはれる事なし。其歌ごとに心をつけてわかつべし。

二樣ともに[さゝぬ中のや](九)に似たれど、下のうちあひ、かれと同じからぬ例おほし(一〇)ばやを略したるいきほひなれば[や]を[ハ]と里し、又はやがて[ニヨツテ]と心えて、うちあひの下に一の様には[ゾ]をくはへ、二の様には[カ]をくはへても心得べけれど、下のうち合[さゝぬ中のや]のさだめにはづれたる歌どもにはさもあつまじければ、ちかくは[ヤラウ]と心えて見べし。たれやをデアルヤラ(一一)、なれやを[ヂヤヤラ]と心うべきなり。

 註 (一)[や]の上に。  

(二) 此の結び方は、成章の別著あゆひ本抄に變例として多く擧げげてある。

(三) え・け・せ・て・ね・へ・め・え・れ・ゑ・とえ列に變化したもの即ち已然形を指す。

(四) 伏即ちえ列に變化した形の下のや。  

(五) 四種。  

(六) 第一例中の二小別。  

(七) 普通は疑問の代名詞副詞・あるときは[や]を用ゐないのに此だけが例外。  

(八)疑のかざし、即ち疑問の代名詞副詞。   

(九) 月やあらぬ・春やむかしの春ならゐ・の類。   

(一〇) 連體で結ばない例が多い。  

(一一) テアルヤラの誤。