国語史資料の連関

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2011-04-05

松尾捨治郎校註『あゆひ抄』屬 二「疑屬」(1) 松尾捨治郎校註『あゆひ抄』屬 二「疑屬」(1) - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 松尾捨治郎校註『あゆひ抄』屬 二「疑屬」(1) - 国語史資料の連関 松尾捨治郎校註『あゆひ抄』屬 二「疑屬」(1) - 国語史資料の連関 のブックマークコメント


凡、疑のあゆひさま/゛\につきてよめど、そのもとは、たゞ[や]・[か]・のふたつなり。[や]・[か]・ふたつながら、里言に[カ]とあてたるによりてまどふ人おほし。その中にも、名・かざし・裝・などをうけたる(註一)、あるひは、[中のか]・[中のや]・などはおの/\さだまりたるうけざまあり、もしはてたる里言もすこしづゝかはれる心をみせたれど、末・靡・にかよふあゆひをうくる時(二)など、ことにまがひやすし。ふかくあぢはひて、わかちしらずはあるべからず。すべて里言に[カ]といふに、[おもふか]・[とふ(問)か]・のふたつあり(三)。[おもふか]は[か]にあたり、[とふか]は[や]にあたれり。たとへば人の子を、「をのこか、女ごか」といふは、[おもふか]なり。又人に「子はあるかなきか」といふは[とふか]なり。とかくおもはれてさだめかねたるを、おもふといふ。むげにしらぬことをばとふといふ。○[か]はまさしくとふ(問)詞によめるも、[や]のごとくひろく心みうたがふ詞にあらず(四)、事のうたがひなき中に疑のまじれるをよむ也。おほくは我かたにことわりをもちてとひつめたる心なり。○[か]は[カトオモフ]とも、[カシラヌ]とも、[や]は[力ドウヂヤ]・[カドノヤウナ事ヂヤ]・ともをしへらる(五)。○疑のかざしをうくるに[か]は上によみて下によまず、[や]は下によみて上によまず(六)、いきほひおなじからねばなり。されば「君やこし我や行けん」といふ歌(七)、[もと]はとふ心、末はおもふ心なり(八)といふも、[や]・[か]・をわきまへしりてのち(後)ぞ、おもぴいたるべきとかたられき。○又[やとて]といふ繼あゆひ(九)あり、此中の[と]もじ[止家](一〇)にいはゆる[いつゝのと]なれば、おもふ心あるときには、[カトオモフテ]と里せり。これにつきて又まどふ人あるべし(一一)。[か]を[カトオモフ]とあつるは[オモフ]をかろく心得べし。[やとて]はさる事もあるかと、ひろくこゝろみおもへる也。よくしらば心ことのほかなるべし。

 註

(一) 名詞の下のや・か、副詞の下のや・か、動詞形容詞の下のや・か。

(二) 動詞形容詞・の終止連體に似た助動詞の下につくや・か。

(三) 初學の人やゝもすればすべて疑問を一襟に考へてしまふのは、よくない。即ち心に疑ふのと人に問ふのと二種に考へるがよい。

(四) 成章の細かい意見が窺はれる。

(五) 師成章が我々門人にの意。

(六) [か]の上には何・誰・などを用ゐるが、[人か誰なる]などゝ下には用ゐない。[や]の下には[これや何なり]などゝ用ゐるが、[何をや]などゝ上には用ゐない。

(七)古今戀三、君やこし我や行きけむ思ほえずねてかさめてか夢か現か。[思ほえず]以下は問ふ意ではない。

(八) 本は上の句、末は下の句

(九) 脚結に、他の脚結の重なつたもの。

(一〇) [と]の種類の助詞

(一一) [か]だけでも[かと思ふ]をあて、[かとて]にも[かと思うて]とあてるのを疑ふ人もあらうがの意。