国語史資料の連関

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2007-03-15

本居宣長字音仮字用格』2「喉音三行辨」 本居宣長『字音仮字用格』2「喉音三行辨」 - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 本居宣長『字音仮字用格』2「喉音三行辨」 - 国語史資料の連関 本居宣長『字音仮字用格』2「喉音三行辨」 - 国語史資料の連関 のブックマークコメント


 先大御國の喉音に、アヤワ三行の差別ある所以の原をよく明らめおきて、後に字音の假字を論ずべし、

抑此三行は、アイウエオより分れたる音にして其本は一なり、

さて一つにして二つに分れたる所以は、アイウエオの五音の下ヘ、又各アイウエオの五の音を重ぬれば、自然とつヾまりて、ヤイユエヨワヰウヱヲの音となるゆゑに、別に此二行はあるなり、【喉音にのみ此差別ありて、餘のカサタナハマラの七行には是無はいかにと云に、まづヤ行ワ行の音はもと二音づヽ重なりたるものなれば、實はいはゆる拗音也、然れども喉音は、餘音に類せず、柔軟隠微なるゆゑに、二音づヽ重:れども、おのづからつヾまりて、直音の如くなるゆゑに此に行の音となる也、餘の七行は二音を重ぬるときは、二音に分れて、さだかに拗音にして、一音につヾまる事なし、故に喉音の外はみな単行なる也】

故に古言のなかに、アイウエオの音の重なりたる言は一つもあるコト無し、是其明證也、【老肖などのイエはヤ行のイエなる故に、オユアユとも活用せり、又地名に秋田を阿伊太。置賜を於伊太三とある、伊などはキの轉なれば、今の例にあらず】

さてヤ行もワ行もア行より生ずる音なるゆゑに、三行に分るといへども、或は髣髴として一(つ)なるが如く、一つかと思へば又さだかに三つにして、古(ヘ)は混淆する事さらに無りき、

然れば此(の)三行は、是字音を辨ずるにも、亦緊要の事也、よく/\會得すべし、【韻學家二喉音を論ぜる事あれども、皆古言に昧くして、三行の厳然として相混ずまじき義を知らざる故に、皆混雑して、ヤ行ワ行は畢竟無用の長物の如し、又御國の音韻は甚悉曇に似たること多し、然れどもひたすらに彼(の)法によりて是を治するときは、又違ふこと多し、殊に喉音三行は、吾古言の音をよく解せる者にあらずは、其義をさとることあたはじ】

五十連音(の)圖中に、イヰエヱオヲの所属を錯りて、或はヰをヤ行又はア行に属し、或はヱをア行ヤ行に属する類多し、惑ふこと勿れ、

若(し)一字も此所属を錯るときは、三行の辨みな明らかならず、先(づ)初(め)に是を正しおくべし、

さてオはア行。ヲはワ行也、此事は別に下に委き辨あり、○音の輕重は、御國言に就ては古来そのさたもなく、無用の論なれども、【俗書のかなづかひどもに言語の輕重を云るは、みな杜撰の臆度にて、一(つ)も古(へ)の假字に合(ふ)ことなければ、さらに論ずるに足らず、】アイウエオの音に本より其次第ある故に、それに従ひて、ヤ行ワ行の音にもおのづから輕中重の科<しな>あり、故に右の圖にも是を標せり、

字音を辨るにはいよ/\此軽重にて假字の分るヽ子細ある故に、なほ精く其位をさとすこと左の圖の如し、喉音は三行なるに、此圖に五行を立る所以は、初(め)の図と照し合せてこヽろうべし、

さて五行に分るといへども、終には三行に帰する理も、又彼図にて悟るべし、【此事はなほ下の三会図のところに委く云】

さて如V此軽重の位をたてて、イエアオウ等と次第することは、予が臆断に似たれども、下に出すところの字音開合(の)圖と引合せ見て、実に然ることを知(る)ベし、抑万(づ)の音声は、アより始まりて、【此事は梵学家の常談なるが信に然ることなり】漸々に轉ぜるものなるが、其転ずるところ、おのづから輕と重とに分れゆくことなれば、アは軽重五行五位の中央二在(る)こと、必然の理也、且右の次第は人々の口に呼(び)試ても知(ら)るヽこと也、又古より伝(は)れる楽家の譜を見るに、ア行タ行ハ行ラ行等の音を用て、其次第は皆右の如くイエアオウ。チテタトツ。ヒヘハホフ。リレラロルと定めて、物の音の低昂をかたどれり、是(れ)五音の位の自然と如V此なる故也、又十行各五音相通ずる中に、初五と二四と三五とは、殊によく通ずるも、右の次第にて、いづれも其位隣近なるが故なり、

○右喉音、三行の所由、又其軽重の次序などは、必しも字音につきて云には非ず、御國の自然の音声に具はるところ也、然(して)是(れ)即(ち)字音の假字を辨る緊要なるゆゑに、委く論ずるものなり、