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1901-10-01

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▲である といふ言葉は、確かに此派の先輩紅葉君が用ひ出した筈である。これは「江戸言葉」でない、外国語の翻訳言葉?で、昔は「横浜言葉」と云つたものである。江戸では、での次へあを発音するやうな迂濶な言葉を用ひないのだ。それゆゑ初め美妙君などはですと云つてゐた筈である。けれども一方から考へて見ると、迂濶であるだけ、それだけ悠長で、どんな烈しい場合にも、此言葉を用ゐてゐれば、綿々として餘裕のあるやうに思はれる。つまり度量の宏大を示すものと云つても宜しい。それにだと謂へば、独りで気焔を吐くやうに、つまり生意気に当り、ありますとか、ですとか云へば強き意味が含まれないゆゑ。其中間を求むれば、であるが一番よいやうに思はれる。然しこれは永く続くものではない、早晩必ず磨滅して仕舞ふだらう。

明治34.10.1「新文」16

山本正秀近代文体形成史料集成 成立編桜楓社 p404〜406


【参考文献

山本正秀 『言文一致の歴史論考』222頁

杉本つとむ(1960)『近代日本語の成立』p320

杉本つとむ(1996)『江戸の文苑と文章学