国語史資料の連関

国語史グループにあったブログ

1693-02-25

和字正濫鈔 和字正濫鈔 - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 和字正濫鈔 - 国語史資料の連関 和字正濫鈔 - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

一 梵字の学を悉曇といふ。悉曇梵語、此には成就と飜す。是に依て世間出世間の一切の事を成就すればなり。其字母四十七字あり。初に十二字あり。摩多の字といふ。摩多、此には母と翻す。又点画とも韻ともいふといへり。和語のために其要を取れば、あいうえをの五字なり。次に三十五字あり。体文といふ。此中に。初に五類声とて、廾五字あり、次に遍口声とも満口声ともいひて、十字あり。同音濁音を除て要を取に、かさたなはまやらわの九字なり、さきの五字に合せて、十四音あり。涅槃経文字品に。善男子有2十四音1、名為2字義1と説かせ給へるに付て。和漢の諸師、異義まち/\なる中に。信範法師といふ人、今の十四音なりといふ。さもありぬへき事なり。初の五字は喉音なり、其中に、あは口を開く最初の声、惣して微隠に喉内に常にありて、わざといはざれとも、息の出入に随ふ故に。経に有情及非情、阿字第一命と説たまへる事、先は此故なり。韵に有なから亦声にて。竪にはいうえをゝ生し、横にはかさたなはまやらわを生す、仮令南に向へる市町の。南と西とに大路あらん。其西南の角《すみ》を懸たる家の。西にあきなひ。南にうらんがごとし。惣しては、一切の声の初にて、一家の高祖のごとし。梵文の諸字をかくに、筆を下す最初の一点、皆阿なれば。諸字諸音の種子なり、種子に任持と引生との二義あり。諸音を皆阿の中に納めて失なはぬは任持なり。諸音阿より出るは引生なり。字の義も同し。梵本の阿字に本不生の義あり。一切諸法本有にして。今初て生ぜずといふ義なり、此義より一切の義は生ずれば。又義の初なり、和漢には只声のみあり。いはあの声、舌に触て転じたる声なり、梵文に、伊字を根本の義といふ故は、草木の種を蒔て、それより初て根を生ずるごとく。阿の声初て転ずる故なり。うは脣に触て転ず。えはいより生ず。えといふ時、舌に触て、最初に微隠なるいの音そひて。いえといはる。をはうより生ずる故に。初に微隠なるうの音そひて。脣に触て、うをといはる。此二字も功を初にゆづれば、阿より生するなり。九声の字、かはあの声すこし喉のそとに当りて転じたる声なり。喉音ながら牙に触る故に、牙音ともいふ。梵文に、迦《か》を作業の字といふは。声の動きて外に出る初なればなり。さたなは共に舌音ながら。さは舌の本に触れ。又歯にもふるゝ故に、歯音ともいふ。たは舌の中ほとに触て齶《あぎ》を弾じ。なは舌の末にて齶を弾ずる声なり。又なは鼻に入故に。陀羅尼の中に鼻音と注せる事あり。鼻をつよく塞きては、なにぬねの五音はふつといはれぬなり。はまは共に唇音ながらはは脣の内に触て軽く。まは脣の外に触て重し。あよりこなたの七音。喉舌脣《こうぜつしん》と次第して。又三内の中に各次第あり。やらわの三音は。上にいふ遍口声にて。口の中に満ていはるゝ声なり。其中に、やは喉音ながら、舌を兼ていはる。らは舌音の至極なり。舌の端を巻てたなよりも猶齶をつよく弾じていはる。余の舌音は。舌を下歯に著てもいはるゝを、是はいはれず。梵文の羅字は火の種子なり。舌は心臓に属す。火は升るを性とすれば。自然に相応せり。わは喉音ながら。脣音を兼て、はの字よりも猶脣の内に柔らかに触ていはる。右の三音又。喉舌脣の次第なり。梵文の法は。摩多の字を省して躰文の字に加ふ。省するやう漢字の三水等のごとし。迦に伊を加ふれば枳となり。宇を加ふれば倶となり。曳を加ふれば計となり、遠を加ふれば。古となる。迦以反枳、迦宇反倶、迦江反計、迦遠反古なり。枳を引けば伊となり。倶を引けは宇となり。計を引けは曳《え》となり。古を引けば遠となりて。韻《ひゞき》皆摩多の声に帰る故。点画すなはち韻なり。さたな等に加ふる事も右におなし。よりて四九三十六音を生して。都合五十音なり。三十六音は、声韻和合して生する声なる故。梵文は字もまた和合して生ずれば、初よりきくけこ、しすせそ等の字体なし。漢字の法は異なる故に。所生の音の字も面zにあり。これによりて、いろはは能生所生ともに並へて出せり。九声は父。四韻は母、三十六音は子なり。仏法には。父母といへども母を先とす。躰文より先に摩多ありて。摩多の功によりてきくけこ等の音生ずる、此理なり。儒には父を先とす。体文といふ。此理に当れり。又摩多は陰なり。躰文は陽なり。所生の音は、四時万物のごとし。又摩多は緯なり。躰文は経なり。経緯交はりて絹布を生ずるがごとし。所生の音を業声《ごつしやう》といふは。躰文の字動きて業用《ごふゆう》となる故なり。又躰文をば男声《なんしやう》といひ、業声《ごつしやう》をば女声《によしやう》といふは。躰声は強《こは》く、業声は柔《ヤハ》らかなる故なり。梵語に泥囀《でいば》といふは天なり。囀《ば》に伊点を加へて泥尾《でいび》ともいふ。男天を呼時は泥囀といひ、女天を呼時は泥尾といふ。これ男女に相応して呼なり。よろづに此意あり。和語にていはゞ。天をあまといふは男声、あめといふは女声なり。