国語史資料の連関

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1187-03-14

唐物語・陵園妾 唐物語・陵園妾 - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 唐物語・陵園妾 - 国語史資料の連関 唐物語・陵園妾 - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

むかし、陵園といふ宮の内に閉ぢ籠められたる人ありけり。玉のはだへ花のかたちあざやかにて世にならびなく美くしかりけり。年若かりける時女御にいつきかしつかれて、うちに參りけるに、親しきうとき楊貴妃李夫人のためしにも勝りなむと思へりけるを、數多の御方々めざましき事になむ思しける。その御いきどほりにや、さまざまのなき事によりて陵園といふ深き山宮に閉ぢ籠められて、明くるめもなき物思ひにやつれつゝ、みめかたちもありしにもあらずなりにけり。父母生きながら別れぬる事をなげき悲しめどもあひ見る事なかりけり、よの常は深き宮の内に心すごくて風の音蟲のねにつけても思ひ殘す事なし。かくしつゝやうやう春にもなり行けば、よもの山邊に霞たなびき、野邊の早蕨あしたの雨に萌え出で心ちよげなるも我が身の爲には羨ましく覺えて、花のにほひ薫り渡るにも獨ねのとこの上心ときめきせられつゝ哀を添へたる朧月夜のみさし入れども、問ふに音なき影ばかりほのかにて明し暮すに、春過ぎ夏たけて暮れにし秋も廻り來にけり。樣々咲き亂れたる白菊の夕の露に濡れたるを見るにも、むかしの重陽の宴といひしこと思ひ出でられて、落つる涙いとゞ抑へがたかりけり。

 「見るたびに涙つゆけきしら菊の花もむかしやこひしかるらむ」。この人山宮に閉ちこめられて後、三代の帝にぞ逢ひ奉りける。

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