国語史資料の連関

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1187-03-05

唐物語・相如 唐物語・相如 - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 唐物語・相如 - 国語史資料の連関 唐物語・相如 - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

むかし、相如といふ人ありけり、世に類ひなき程に貧しくわりなかりけれど、萬の事を知り、才學ならびなうして琴をぞめでたく彈きける。卓王孫といふ人の許に行きて、月の明き夜終夜きんをしらぺて居たるに、この家あるじのむすめに卓文君といふ人哀にいみじく覺えて、常はこれをのみめで興じけるを、この卓文君が父は相如に近づく事を厭ひ悪みけれど、琴のねを【にイ】や哀と思ひしみにけむ、この男にあひにけり。女がたの父卓王孫は、よろづの寶に飽き充ちて、世の侘しき事を知らざりけり。かゝれども、このわび人にあひ具したる事をいと心づきなきさまに思ひとりて、いかにも娘のゆくへを知らざりけれど、露塵苦しと思はでなむ年月を過ぐしける。この男、蜀といふ國へ行きける道に、昇遷橋といふ橋ありけり。それを歩み渡るとて橋柱に物を書きつけゝり。我大車肥馬に乘らすぱ又この橋を還り渡らじと誓ひて、蜀の國にこもりにけり。その後思の如くめでたくなりて、この橋をなむ還り渡りける。女年比貧しくてあひ具したるかひありて、親しき疎き人めもあやになむ羨みける。

 「しづみつゝ我が書きつけし言の葉は雲ゐにのぼる橋にぞありける」。心長くて身をもてけたぬなむ、今も昔も猶いみじくこそ聞ゆれ。

国文大観