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2011-06-09

松下大三郎『改撰標準日本文法』第一編 總論 第一章 言語 第二節 説話構成の過程(3) 松下大三郎『改撰標準日本文法』第一編 總論 第一章 言語 第二節 説話構成の過程(3) - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 松下大三郎『改撰標準日本文法』第一編 總論 第一章 言語 第二節 説話構成の過程(3) - 国語史資料の連関 松下大三郎『改撰標準日本文法』第一編 總論 第一章 言語 第二節 説話構成の過程(3) - 国語史資料の連関 のブックマークコメント



 觀念 刺戟に因つて知覺が生ずる。例へば光が日に觸れ音が耳に觸れて光の知覺、音の知覺が生ずる類だ。そうして知覺は刺戟が去れば直ぐに消滅する。しかし知覺としては消滅しても知覺の結果が殘る場合が有る。これを寫象と名づける。但し多くの場合に於てこの寫象は觀念と呼ばれる。寫象は知覺の殘つたそのまゝの物であるから具體的で特殊的である。例へば子猫が始めて犬を見ると先づ知覺が生じ次に形や聲の知覺が綜合された寫象が出來る。あれは何であらうかとかあれは犬であらうとかいふ樣な考は起らない。そうしてその寫象は唯その犬だけの寫象であつて他の犬に適用されるものではなく、又その犬から離れて考へられるものではない。唯その時のその犬だけに對するものである。他の犬に適用されないことを 特殊的と云ひ、その犬から離れないことを具體的といふ。所が犬を知らない人間が始めて犬を見た場合は、最初は犬の寫象が生ずるが、次に種々の犬を見ると、各個の犬に共通な點だけが深く印象されて何れの犬でもない各個の犬を代表するもの即ち犬の寫象の雛型が出來る。この雛型は何れの犬にも適用されるし、又實際の犬から離れて獨立する。そうなれば之を概念といふ。概念は具體的でなくて抽象的であり、特殊的でなくて普遍的である。抽象的とは各個に共通なる象だけを抽出して考へる意で、各個の物(犬)から離れてゐることをいふ。普遍的とは他の個體(犬)にも普く適用される意である。

 概念も寫象も皆觀念である。觀念の具體的特殊舞的なものを寫象と云ひ、抽象的普遍的なものを概念といふのである。しかし概念は特に概念と云ふから、たゞ觀念といふと概念をば含めず寫象だけを指す場合が多い。

 概念は論理學的に言へば純抽象的純普遍的であるが、實際人間の考へる概念は特殊的具體的な寫象を含むのである。例へば「犬」と云へば論理的に個々の犬から離れて而何れの犬にも適用されるものであるが、人が「犬」といふ概念を考へる場合には自分の飼犬とか隣の犬とか嘗て吠えられた犬とかを想像しつゝ理論的にその特殊性を除去しようとするのである。そういふ概念心理的概念と云つて論理的概念と區別する。

 寫象でも概念でも觀念は多くの場合に於て感動や意志や種々の心的状態が關聯する。例へば「美しきかな」と云へば「美くし」に感嘆を含み、「見よ」といへば命令の意を含む。又「美くし」にしても單なる概念ではなくて物の然りや否やを判斷する判定性を含んでゐる。これらの觀念その物でないものを含んでゐなければ思想を成すことは出來ない。觀念がこれらの性質を含むことを觀念の運用と云ふ。

 概念は、雪や綿や紙のやうなものゝ寫象から「白」の概念が生ずる樣に寫象の分解からも生じ、また「母」といふ概念から「女」「親」といふ二つの概念が生ずる様に概念の分解からも生ずるが、文法學上最も重要な問題は概念概念との統合である。

 「母」の寫象又は「母」概念から「女」「親」といふ二つの概念が生ずるのは觀念の分解であるが、「女」「親」の二概念が統合されて「女の親」といふ一概念となる場合が有る。「女の親」は全體から觀て一

概念であるがその内部には「女」「親」といふ別々の二概念が有る。こういふ風に別々の二概念が相統合されて一概念となったものを統合概念といふ。そうして最初の「女」や「親」の樣なものは之を單概念といふ。統合概念も一つの概念である。統合概念概念概念との統合體てある。必ずしも單概念と統合概念との統合ばかりではない。單概念と統合概念との統合もあれは、統合概念と統合概念との統合もある。