国語史資料の連関

国語史グループにあったブログ

2011-04-25

[][]数万ある支那文字を記憶せんより、我 日本仮名に悉事を記さば大に便利ならん(本多利明西域物語」) 数万ある支那の文字を記憶せんより、我 日本の仮名に悉事を記さば大に便利ならん(本多利明「西域物語」) - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 数万ある支那の文字を記憶せんより、我 日本の仮名に悉事を記さば大に便利ならん(本多利明「西域物語」) - 国語史資料の連関 数万ある支那の文字を記憶せんより、我 日本の仮名に悉事を記さば大に便利ならん(本多利明「西域物語」) - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

 欧羅巴《ヨーロツパ》に真行草《しんぎようそう》の文字あるやと問人《とうひと》に答《こたえ》ん。彼国《かのくに》に支那日本に云様《いうよう》なる文字にてはなし。只《ただ》二十五字ありて、是に真行草の如き体《たい》を異にして八体となし、事を記《しる》すに足《た》れりとす。日本支那の癖に染《そまり》て、物々《ものもの》事々《ことこと》につき其文字を用《もちい》る故《ゆえ》に、字数《じかず》多くなければ用をなさず。たとへば日本にて天といへば一字にて、彼国にてはへーメルと四字、地といへば一字にて、アールドと四字にて、一字は簡《かん》、四字は迂《う》なる様なれ共《ども》、支那文字数万|有《ある》をば記憶せんとには、生涯の精神是が為に尽すとも、いかで得べけん。〔大〕に戻《もど》れりと云べし。譬ば暗記する人出来《いでき》たりとも、国家の為益を起す事も有まじ。爰《これ》を以て彼国には簡を取《とり》たるならん。文字は事を記し、情を述《のぶ》るを旨《むね》とせば、数万ある支那文字を記憶せんより、我 日本仮名に悉《ことごとく》事を記さば大《おおい》に便利ならん。

 日本の大儒《たいじゆ》の名を得し人といへども、一国の事にも、ろくに通ずるはなし。然《しか》るに彼国にて博学とも云《いわ》れし人は、外国三十余国の辞《ことば》に通じ、国情、物産に迄、明白也と云《いえ》り。是《これ》文字|少《すくなく》して、精を皆是に用《もちい》る故なるべし。筆をペンと云《いい》鵝《がちよう》の羽の茎《くき》の大なるを用《もちい》、本《もと》の方を尖《せん》に削《けず》り、孔《あな》へ墨を含《ふくま》せて、左上より書初《かきはじめ》、右上へ横に書《かき》、文句の限《しきり》は、段々|層《かさね》て書下る也。大世界多く此文字を用るなり。

 支那文字は、東方には朝鮮琉球日本、北方は満洲の諸国、西方は天竺の内のみ。西域文字は、欧羅巴諸国、亜墨利加《アメリカ》諸国、亜弗利加《アフリカ》の西南海|副《ぞい》諸国、東天竺南洋の諸島より、支那南洋の諸島、日本南洋の諸島、東|蝦夷《えそ》諸島、カムサスカ辺、ノールトアメリカの大国に至《いたり》て、皆|此《この》二十五字を用《もちい》て事を記《しる》せり。各国、各島、言語各異るといへども、廿五字を以てしるされざる物なし。日本いろは仮名《かな》の如し。

 日本いろは四十八文字あれば、彼国文字に倍なれば、音声の出る所に随て、皆記し得らるべきに、左《さ》にはなく、韻経《いんきよう》に所載の四十三転外の言葉ある時は記《しる》す事|不叶《かなわず》.、是いまだ正真の韻経にあらざる、所謂《いわゆる》彼是《かれこれ》吟味精〔濯〕《ぎんみせいたく》して、自他の邪正明白ならんものならん。此《この》〔諦《みち》〕宜《よろ》しからざれば、追年《としをおつて》雑事のみ殖《ふえ》、我を忘れて雅事風流に光陰を費《ついや》し、年老て後悔|先《さき》に立《たた》ず、爰《ここ》を見切《みきりて》、国家に益なき事は為ざる様に仕懸《しかけ》あるとは、有難《ありがた》き制度なり。