国語史資料の連関

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2010-01-06

村雨退二郎「君と僕」 村雨退二郎「君と僕」 - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 村雨退二郎「君と僕」 - 国語史資料の連関 村雨退二郎「君と僕」 - 国語史資料の連関 のブックマークコメント

君と僕 いつか某紙の演芸欄に、著名な演劇批評家が、新作時代劇批評を書いていた。その中で、幕末の志士同士の会話に、「君、僕」を連発させているのは、たいへんに耳ざわりだ、もっとその時代らしい言葉を使わせたらどうだ、という意味の忠告があったのにはおどろいた。

「僕」は漢学生などが古くから使っている言葉だし、「君」に至っては万葉集よりも古くからある言葉だ。ボクは「僕」の漢音で、「あなたのしもべ」という意味に、自分を卑下しているわけだし、キミは「君」か「公」かどちらかの朝鮮音から転化したものであろうと思うが、とにかく決して新しい言葉ではない。

 ただ、君と僕を、一対の人称代名詞として、一般に使用するようになったのは、そう古いことではない。元祖は長州の高杉晋作ということになっているが真偽は知らない。しかし奇兵隊の連中なぞは、たしかに好んでこの君、僕を使っているし、長州以外の志士と称する若い連中の間にも、この言葉はひろく普及していた。幕末史の端っこでもかじった者なら、だれでも知っていることで、幕末をあつかった芝居を見て、これが耳ざわりになるという劇評家の方が、よほどどうかしているのである。

 幕末は革命時代である。西洋の文物がどんどんはいってきて、兵制は変る、軍装も変る、髪の形も変る、言葉も変る。頭は昔ながらの形でも、体にはフロックコートを着て、その上から兵児帯をしめて大小をさし、号令フランス語でやって、時刻を見る時には、ポケットから舶来の懐中時計を出すといった、珍妙な風俗も、革命的な過渡期象徴している。古いものと新しいものが、渦を巻いて流れている時代だ。一方に拙者、それがし、手前、貴殿、貴公、お手前などと、四角四面な言葉を使っている者もあれば、一方には書生らしく簡単明瞭にキミ、ボクですましていた者もあったというのが、事実でもあり自然でもある。

『史談あれやこれ』中公文庫

【ボク】?

【キミ】?

【僕】

【君】?