国語史資料の連関

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2006-03-04

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式亭三馬四十八癖』文化一四年(一八一七年)

世(よ)に関東訛(くゎんとうなまり)と呼来(よびきた)れども関東(くゎんとう)の人おの/\訛(なま)るにあらず。其証(そのしるし)は高貴(こうき)の人を見(み)よ。言語(ことばづかひ)殊(こと)に正しく。音声(こはざま)勝(すぐ)れて清(きよ)く。他邦(たはう)の人の及(およ)ぶ所(ところ)にあらず。下賎(げせん)の人においては省語(はぶきことば)約言(つめたることば)多(おほ)くして。音(こゑ)もおのづから濁(だみ)たり。且(かつ)大都会(たいとくゎい)は。諸国(しょこく)の人会(あつま)るゆゑに。六十余州(よしう)の方言(はうげん)通(つう)ぜずといふことなく。耳(みみ)に馴(な)れ。口(くち)に従(したか)って。常(つね)に諸州(くにぐに)の言語(ことばづかひ)を混(こん)ず。

たとへば。伊勢(いせ)の国の人。江戸に住(すまひ)て妻(つま)をむかふ。妻(つま)は房州(ばうしう)の産(うまれ)なり。一子(いっし)を江戸において生(う)む。其子は江戸の人なり。且(かつ)。奴僕(ぬぼく)あり。手代(てだい)は越後(ゑちご)の産(うまれ)。一人は長崎(ながさき)の産。一人は奥州(あうしう)の人なり。調市(でっち)五人あらば。一人は下野(しもつけ)。一人は相模(さがみ)。一人は信濃(しなの)。一人は上総(かづさ)。一人は下総(しもふさ)なり。下女は武蔵(むさし)の産(さん)にして四人あり。武蔵(むさし)といへども。おの/\出所を異(こと)にす。かゝれば。家内(かない)十五人の中(うち)において。江戸に産(うま)るゝ者(もの)僅(わづか)に一子(いっし)なるのみ。此一子(いっし)は土地(とち)にしたがひて。江戸の言語(ことば)なりといへども。残(のこ)る十四人の者(もの)。常(つね)に生国(しょうこく)の言(ことば)を用ひて。万事(ばんじ)を問答(もんだう)するゆゑ。必(かなら)ず伝染(でんせん)せずといふことなし。然(しかれ)ば真(しん)の江戸言?といふべきにあらず。仍(よっ)て一向(ひたすら)に江戸訛(えどなまり)と心得(こゝろう)るは誤(あやま)りなり。これは諸国の方言(はうげん)。江戸言?(ことば)に混(まじり)て。声(こゑ)濁(だみ)言(ことば)訛(なまる)としるべし。我(われ)は江戸出生(うまれ)の夫婦(ふうふ)なりといふとも。夫婦(ふうふ)の父母(ちゝはゝ)は必(かなら)ず他国(たこく)の産(うまれ)なり。これに仍(よっ)て。真(まこと)の江戸産(うまれ)といふもの世(よ)に稀(まれ)なり。真(しん)の江戸産といふは。国初(こくしょ)以来(いらい)

江戸に住給ひて。数代(すだい)連綿(れんめん)と相続(さうぞく)し給ふ。高貴(かうき)の人ならではなし。さるゆゑに。貴族(きぞく)の言語(げんぎょ)清音(せいおん)にして。いさゝかも訛(なま)らず。世(よ)に江戸訛(なまり)といふもの。下賎(げせん)に限(かぎ)ることこゝをもってしるべし。且(かつ)。江戸訛をしらざる他邦(たはう)の人%\には。此書(このしょ)の言語(げんぎょ)。解(げ)し難(がた)からんことを想(おも)ひて。こゝに其一二(そのいちに)を挙(あ)ぐ。此他(このほか)は江戸訛にあらず。諸国(しょこく)の方言(はうげん)伝染(でんせん)したるものとしるべし。

関東訛(くゎんとうなまり)と江戸訛(えどなまり)との差別(しゃべつ)

(上段)

〇さう為(し)ちゃァわりい

〇かうしちゃァいゝ

 然様(さやう)為(し)ては悪(わる)い也

 斯(かう)為(し)ては能(よ)いなり

〇往(いく)べい〇帰(けへ)るべい〇よかんべい〇わるかんべい

 これらおの/\関東なまり也 江戸なまりにあらず をりふし江戸者のいふは田舎詞をたはふれにつかひ来りしなり

(下段)

〇よかんべいわるかんべいは

 よかるべしわるかるべしの約也

〇さうぢゃァねへ

 然様(さやう)では無(な)い也

〇かうだったらう

 斯(かう)で有(あり)つらん也

 俗に斯(かう)で有(あっ)たらうの約也

(上段)

 [かうだっつろト約(つめ)ていふは

  江戸なまりにあらず関東訛

  則ち斯(かう)でありつらんの約也

〇持(もっ)てけ 持(もっ)て往(ゆ)けの約也

 [持ていげト濁(だみ)たるは関東訛

〇持(もっ)てったらう

 持(もっ)て往(ゆき)たであらうなり

 [持ていぎつろト約ていふは

  関東なまりなり則ち

  〇持て往つらんの約なり

(下段)

△すべて江戸訛(なまり)を考(かんがふ)るに

  [あかさたなはまやらわ]の

    音(おん)を以(も)ていふべきことを

  [えけせてねへめえれゑ]の

    音にいひ来(きた)れり

    余(よ)は推(おし)て知(し)るべし


土屋信一式亭三馬江戸語観」『国語学』131 1982.12