2006-01-20
■ [学史]石川雅望「ねざめのすさび」三の巻「ぞ こそ」
○ぞ こそ
こそといへるとぢめを、けせてねへめれの仮字もてむすべることは、たれもしれることなり。此外にぞにかよふこそといふこと有て、こそといひて終をる文字にてとむることありとて、ある歌学の師をせる人の伝へなりとて、人の語れることありし。こゝろえぬことなり。これはまたく後撰集恋四に、かけろふのほのめきつれは夕暮の夢かとのみそ身をたとりつる」といへる歌を、今本に夢かとのみこそ身をたとりつると誤てかけるを証拠とせるにや。諺にいはゆる〓〔才夕〕子を定木にすといへる類なるべし。又そといひてれと留ること例ありとてよめる人あり、思ふに新拾遺恋四に、家持「後世山のちもあはんとおもふにそしぬへきものをけふまてもあれ、といへるを証拠とせるなるべし。この歌、万葉巻之四、家持和2坂上大嬢1歌、後湍山後毛将相常念社可死物乎至今日毛生有《ノチセヤマノチモアハムトオモヘコソシヌヘキモノヲケフマテモアレ》とあれば、彼拾遺に載たるはまたく誤なり。これらをよしとおもひていへるは、〔拾遺集、松のうへになく鶯の声をこそはつねの日とはいふべかりける、これもれを誤てうつせり。〕