2005-03-27
■ [方言史]物類称呼序
二條のおとゝの筑波集に「草の名も所によりてかはるなり」といふ句に救済法師「なにはの芦もいせの浜荻」と附しにもとづぎて諸国の方言の物ひとつにして名の数々なるたぐひを採り選ひて五の巻とはなりけらし.そも/\いにしへを去る事|遥《はるか》にしてそのいふ所も彼にうつりこれにかはりて本語を失ひたるも世に多かるへし中にも都会の人物は万国の言語にわたりてをのづから訛すくなし.しかはあれど漢土の音語に泥みて却て上古の遺風を忘るゝにひとしく辺鄙の人は一郡一邑の方語にして且てにはあしく訛おほし.されども質素淳朴に応してまことに古代の遺言をうしなはず.大凡我朝六十余州のうちにても山城と近江又美濃と尾張これらの国を境ひて西のかたつくしの果まて人みな直音にして平声おほし.北は越後信濃東にいたりては常陸をよひ奥羽の国々すへて拗音にして上声多きは是風土水気のしからしむるなれはあなかちに褒貶すべきにも非す.畿内にも俗語あれば東西の辺国にも雅言ありて是非しがたし.しかしながら正音を得たるは花洛に過べからずとぞ.今こゝにあらはす趣は其言の清濁にさのみ拘はるにもあらずたゞ他郷を知らざるの児童に戸を出ずして略万物に異名ある事をさとさしめて遠方より来れる友の詞を笑はしむるの罪をまぬかれしめんがために編て物類称呼となつくる事になんなりぬ
安永乙未孟春日
引用あり
徳川宗賢『日本人の方言』筑摩書房(1978) pp.86-87
■ [方言史]物類称呼凡例(1)
一 此書あつめて五冊となし 天地、人倫、草木、気形、器用、衣食、言語、等を七門にわかつハ簡易にして探り索めやすきを要とす それが中に天地と言語と器用衣類の如き まゝ交へ出すもの有 もとより街談巷説を聞るにしたがひてしるし侍れば管見不堪の誤多からむのみ 又其国にて如v此称すとは 国中凡の義にあらす 一国は勿論一邑のうちにても品物の名異るもの也 其に録する事あたはず