国語史資料の連関

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2003-03-17

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 漢語の社会は、もと、土神の祭りと、人の集会の語にて、『正法念経』第九巻に、「彼の人是の如く社会等の中に妄語し悪説す」などあり、村人の集まりといふくらゐの意義なり。

 それが、明治維新直後には、商事の会社にも、また世の中といふやうな意義にも混用されし。すなはち明治四年版中村氏の『自由之理』には、仲間会社とあり、十九年版石川氏の『大英律』には、商事会社を社会と訳出せり。辞書類には、このソサイテイなる原語を、最初いかに訳付けたるかを見るに、

* (1)メー氏『英華辞典』(一八四七年すなはち弘化四年上海版)には、会、結社

* (2)開成所版『英和対訳袖珍辞書』(慶応三年再板)には、仲間、交り、一致

* (3)柳沢氏『英華辞彙』(明治二年板)には、簽題会

* (4)吉田氏『英和辞典』(明治五年板)には、兄弟の因ミ、仲間、交り、社中、会、結社

* (5)室田氏『西洋開化史』(明治五年十二月訳述)凡例に、

一、往々俗間なる語を用るは、原語ソシエテーの訳なり、此ソシエテーなる一字は、衆人相交る所の其民俗を称して言ふ辞なり。支那人は会の一字を以て之を訳すれども、簡にして意を尽さず、又予嘗て、試に之を俗化と訳したれども、未だ適切ならざるを覚ゆ。又人間世俗、又民衆会合、等の訳ありと雖も、只暫く俗間或は世俗若くは俗化等の訳を用ふ。

* (6)明治八年五月一日、松山棟庵の、三田集会所開場祝文中に「相互に利害を共にし、得失を同うするの心を生じ、始めて人間会社(ソサイヱテイ)の趣を為し云々」とあり。

 かく区々に訳出せられてありしが、これを現今のごとく、社会を、民衆世態の意に使用せるは、明治九年十月発行の『家庭叢談』第十四号が、祖なるべし。次いで同年出版ギゾーの『文明史』、同十一年版塚原氏訳『論理学』など同じ。

 社会学新語に至りては、尺振八氏の『斯氏教育学』、十五年版乗竹氏の『社会学原理』を嚆矢とすべく、明治二十六年東京帝大文科大学に、社会学講座を設けらるるにおよびて、始めて一新学名となれり。


社会という熟字の始め


http://d.hatena.ne.jp/kyoujyu/20061109

http://d.hatena.ne.jp/kyoujyu/20061110