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2011-06-11

松下大三郎『改撰標準日本文法』第一編 總論 第一章 言語 第二節 説話構成の過程(5) 松下大三郎『改撰標準日本文法』第一編 總論 第一章 言語 第二節 説話構成の過程(5) - 国語史資料の連関 を含むブックマーク はてなブックマーク - 松下大三郎『改撰標準日本文法』第一編 總論 第一章 言語 第二節 説話構成の過程(5) - 国語史資料の連関 松下大三郎『改撰標準日本文法』第一編 總論 第一章 言語 第二節 説話構成の過程(5) - 国語史資料の連関 のブックマークコメント



 斷句は斷定を表す一續きの言語である。例へば「虎は猛獸なり」「雨降り出でぬ」などはそうだ。斷定を表すとは第三頁で言つた通り或る事柄に對する觀念的了解を表すことである、

 斷定は説話の單位である。言語は斷定を表して始めて説話となる。まだ斷句を成さない言語説話を成さない。説話は斷句、又は斷句の累積から成る。

 斷句に就いて世問一般に誤解が有る。其れは斷句には必ず主語が有ると思ふことである。隨つて主語が無ければ斷句を成さないといふことになる。しかし其れは誤である。主語の無い斷句は澤山有る。例へば人の問に答へて「然う」「さなり」「さにあらず」などいふ類、火に觸れて「熱い」と叫び、苦痛を覺えて「あゝ苦しい」と叫ぶ類、其の他

  大分お暖になりました。

  とう/\本降りになって仕舞った。

  友人より寫眞を送り來れり。

  今回東京市にて大博覧会を開く。

などいふ類皆主語は無い。事柄に主體が無いのではないが主體の觀念は事柄の概念の中に潜んでゐて概念として分化されないから主語を生じないのである。斷句は必ず主語と敍述語とを要するなど思ふのは誤である。且又斷句は必ず二詞以上より成るとは限らず、右の例の「然り」「熱い!」の如く一詞より成るものもあるのである。

 多數の文法書は斷句を分けて單文、複文合文の三種とするが此れは英文典

の三種を誤解したものである。私はそういふ區別を立てずに唯次の樣な區別を立てる。(第七三二頁參照)