2007-07-19
■ [方言意識史]林芙美子「風琴と魚の町」
私は、言葉が乱暴なので、よく先生に叱られた。先生は、三十を過ぎた太った女のひとであった。いつも前髪の大きい庇(ひさし)から、雑巾(ぞうきん)のような毛束(けたば)を覗かしていた。
「東京語をつかわねばなりませんよ」
それで、みんな、「うちはね」と云う美しい言葉を使い出した。
私は、それを時々失念して、「わしはね」と、云っては皆に嘲笑(ちょうしょう)された。http://www.aozora.gr.jp/cards/000291/files/1814_24391.html