2005-02-13
■ [近代語][言語生活史]口上(三田村鳶魚)
仕事の外に厄介なのが作法応対、もう一ッ厄介なのが口上です。
昔の女は主婦になる年齢でも、手紙を書いて往復することは滅多に無い。大抵口上で用を足します。昔の女の口上というものは長いので、使に行く側の女は、その長い長い主婦からの口上をおぼえて行かなければならぬ。そればかりじゃない、先方の返事も亦それに相当した長いやつが来る。それをちゃんとおぼえて帰って復命しなければならぬ。これは容易のことではありません。男の方にも奏者番、使番というものがあって、それさえ相当修練しなければなれぬのに、女達はそういう稽古をしているわけでもないのですから、実際えらかったろうと思います。それも主人の口だけではない。自分の挨拶もしなければならたい。今日の若い人ではチョッと困るでしょう。まして昔は男と女との教育が違うから、愈々むずかしくなるわけです。
先年面白いものを手に入れました。安永度に出来た「口上律」という本で、用文章が文例を示したのと同じように、こういう時には何と云う、こういうことを云われた時には何と答える、というような口上の例が書いてあるのです。上方出来の本ですが、今日の人達はああいうものでも見て、参考なすったらよくはないかと思う。今日の立派な御婦人方が遊ばせ言葉はやめましょうなどと申合いされたとかいいますが、一体遊ばせ言葉を本当に使用し得る人が幾人あるのでしょう。
三田村鳶魚「下女談義」