国語史資料の連関

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1695-02-11

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一、此ノ四音、元來各別也。抑モ、音韻の義に依て是を論ずるに、「し・す」は齒音(しおん)にて、「さ・し・す・せ・そ」の一行(いっかう)《ひとくだり》也。「ち・つ」は舌音(ぜつおん)にて、「た・ち・つ・て・と」の一行也。濁りても亦同じからず。されば詞に「過(くは)・現(げん)・未(み)・下(げ)知(ち)」等のはたらき有リ。又、「體(たい)・用(よう)・正(しゃう)・俗(ぞく)」の品有リ。それによりて其一行の内にて音を變(へん)じて通用する事はあり。縱ば「致(いたす)」を「いたし・いたせ・いたさん」と云ヒ、「勝(かつ)」を「かち・かて・かたん」と云ヒ、「恥(はぢ)」を「はづる」、「出(いづ)る」を「いでて・いだす」、などと云ヒ替フるがごとし。又、働(はた)らくまじき物の名なれども、語勢(ごせい)によりて「雨(あめ)」を「あま夜」、「風(かぜ)」を「かざ車」、「木(き)」を「木(こ)の葉」、「數(かず)」を「かぞふる」などと言ヒ通はす也。され共、其一音より他の行(かう)に交(まじ)ヘて歯(し)舌(ぜつ)相通(さうつう)する事は有まじき也。【詳ニ扶桑切韻ニ載セ畢ヌ。】 此ノ「だ・ぢ・づ・で・ど」、「ざ・じ・ず・ぜ・ぞ」の二行同じからざるにて、兩音相通すまじき事を知ルベし。然るに今、「だ・で・ど」・「ざ・ぜ・ぞ」の六音をば能く言ヒ分て、「じ・ぢ」、「ず・づ」の四音をば則ち得ず成リ來りし事、最モ訝(いぶか)し。或ル人の假名文字を使へるを伺(うかゞ)ひ見るに、詞の上(かみ)にはいつも「ぢ」を書(かき)、中下には定りて「じ」を用ふ【「時分」を「ぢぶん」、「藤氏」を「ふじうじ」と書たる類也】、誤也。又、總て京人の物いふを聞クに、上(かみ)をはぬれば、「し・す」の二字をも「ぢ・づ」の音に呼(よび)ぬ。亦誤也。惣じて「子(し)」の字は、歯(し)音(おん)にて「し」の音也。「丁子」・「荀子」といふ時には、連聲にて濁る間、「じ」の音也。是を新濁(しんだく)といふ。即チ清(せい)歯(し)音(おん)の字を假に濁りて濁(だく)歯(し)の音に成す迄也。上を引クともはぬるとも「ぢ」とは言フべからず。又、其ノ大概(たいがい)を擧(あげ)て云フに、啓上(けいじゃう)・孔雀(くじゃく)・藤氏(とうじ)・行者(ぎゃうじゃ)【以上は「じ」の音】、卷軸(くはんぢく)・平(へい)地(ぢ)・先陣(せんぢん)・還著(げんぢゃく)【以上は「ぢ」の音】、香水(かうずい)・奇瑞(きずい)・好事(かうず)・通事(つうず)【以上は「ず」の音】、千頭(ちづ)・萬鶴(まんづる)・神通(じんづう)・弓杖(ゆんづえ)【以上は「づ」の音】、是等は世間の呼音(よびこゑ)、其ノ字に叶(かな)へり。若(もし)、進上(しんじゃう)・練雀(れんじゃく)・源氏(げんじ)・判者(はんじゃ)・八軸(ぢく)・空地(くうぢ)・歸陣(かいぢん)・執著(しふぢゃく)・神水(じんずい)・天瑞(てんずい)・杏子(あんず)・綾子(りんず)・七頭(づ)・命鶴(みゃうづる)・普通(ふづう)・竹杖(たけづえ)と言ヒ替フる時は、其ノ音悉(ことごとく)其ノ字に違へり。剩(あまっさへ)、還城樂(げんじゃうらく)の舞(まひ)・萬歳(ばんぜい)の小(を)忌(み)衣(ごろも)・萬歳樂(ばんざいらく)などと謠(うた)ふ時に、是を習はぬ人は多分は舌音(ぜつおん)に呼ビ成す也。聞キ悪(にく)き事也。田舍人の「越前」を「ゑつでん」といひ、「瀬(せ)」といふべきを「ちゑ」といへるにひとしかるべし。